いやいや、無理
夕暮れ時に境内に、重く響いた。
「ヴボゥ――」
音というより、圧だった。
空気が震え、肌の奥まで叩かれる。
神社の敷地内に、それは立っていた。
三メートルはある巨体。
背には羽。頭は二つ――猿と虎。
尾は三本。身体は、もう判別できない。
熊なのか、虎なのか、猪なのか。
混ざりすぎた、化け物。
それを前にして、
仁さんも、私も、動けなかった。
喉が、ようやく動く。
「……なんだ、あれ」
声が震える。
「多種族が混ざった……キメラ、ですか?」
猿の頭が、こちらを見て
「ギャッ、ギャッ」と嗤った。
仁さんが、歯を噛みしめる。
「本来ならな……お互い、踏み込まん」
「だからこそ、ここには入れない存在だ」
一瞬、視線を逸らし、続ける。
「だが――例外がある。今日だ」
「こいつは、主だ」
「自分は、山に入る許可を出していない」
「だから――
人間側が、先に禁を犯したことにした」
「……それで、堂々と、こっちへ来た」
理解した瞬間、背筋が冷えた。
いやいや。
理屈が通っても、これは無いわ。
祓う、鎮める、そんな言葉が追いつかない。
仁さんも、額に冷や汗を浮かべている。
「……なんなんだ、こいつ」
絞り出すように言って、
「まるで――鵺、だな」
「鵺って……」
私は思わず返す。
「千年近く生きた、
古の物の怪じゃないですか」
とんでもないものが、出てきた。
次の瞬間――
視界が、裏返った。衝撃。
身体が宙を舞い、
神社の入り口まで、叩き飛ばされた。
「――ガハッ」
口から血が零れる。
「緑!!」
仁さんの叫び。
「誰も出てくるな!」
「全員、鏡を持て!なんでもいい!」
「敷地内なら、繋がっている!」
鵺は、ゆっくりと仁さんに向き直る。
左右に、ゆらり、ゆらりと揺れながら。
虎の頭が、口を開く。
「ヴボォ……」
ぞわり、と寒気が走る声。仁さんは、懐から
小さな鏡を取り出し、構えた。
「緑!
大丈夫か!」
「動けるなら、俺のところまで走れ!」
身体を確かめる。
――手もある。――足も動く。
痛みはあるが、折れてはいない。
自分に言い聞かせる
「……動ける」
歯を食いしばり、立ち上がる。
痺れる身体を引きずりながら、
仁さんの元へ走った。私が動いても、
鵺は、ちらりとも見ない。
――相手にする価値もない。
そう言われているようだった。




