縄張りと、ヌシ、主
―外から。
「ヴゥ……ボォ……
ヴゥ……ボォ……」
低く、濁った声が山に木霊した。
獣でもない。鳥でもない。
腹の奥に、重く沈む音。
畳の上で眠っていたマッキーが、
小さく身じろぎする。
仁さんの動きが、ぴたりと止まった。
笑みも、余裕も消える。
「……来たか」
立ち上がり、外へ向かう背中が低くなる。
「今の声……」
私が口を開くより早く、
仁さんは首を振った。
「聞いたことはない」
一拍、置いて。
境内の空気が、じわりと重く沈む。
――これは、こちらの内側に届く音だ。
仁さんは低く息を吸い、
「山が……鳴いた」
短く、そう言った。
「緑」
「裏山の番が、やられたな」
――山烏。
あの死骸の塊、仁は静かに言った。
「……育ちすぎた」
外から、もう一度。
「ヴゥ……ボォ……」
今度は、確かにこちらを呼んでいる。
どこの山にも、主はいる。
近藤一族の山には、叔母わらしがいる。
恩を与え、称え、祀ることで、
富と繁栄をもたらす存在だ。
「この山の主はな」
仁さんが言った。
「長く生きた、大猿だった」
「俺の祖父の代から変わらん」
「餌も水もある。自然も多い」
「人里に降りる必要が、ない」
――百年以上生きた物の怪。
普通の猿なわけがない。
「お互い、縄張りを荒らさん」
「それを禁として、生きてきた山だ」
沈黙のあと、私は言った。
「……新しい主が」
「こっち側に、興味を持った?」
仁さんは、深く息を吐く。
「……だろうな」
「境界線ぎりぎりに、死体を撒く」
「――あきらかに、挑発だ」




