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それは、それとて  作者: 明日


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32/129

縄張りと、ヌシ、主







―外から。

「ヴゥ……ボォ……

  ヴゥ……ボォ……」


低く、濁った声が山に木霊した。

獣でもない。鳥でもない。


腹の奥に、重く沈む音。

畳の上で眠っていたマッキーが、

小さく身じろぎする。


仁さんの動きが、ぴたりと止まった。

笑みも、余裕も消える。

「……来たか」


立ち上がり、外へ向かう背中が低くなる。

「今の声……」

私が口を開くより早く、

仁さんは首を振った。

「聞いたことはない」


一拍、置いて。

境内の空気が、じわりと重く沈む。


――これは、こちらの内側に届く音だ。

仁さんは低く息を吸い、

「山が……鳴いた」

短く、そう言った。

「緑」

「裏山の番が、やられたな」


――山烏。

あの死骸の塊、仁は静かに言った。

「……育ちすぎた」

外から、もう一度。

「ヴゥ……ボォ……」


今度は、確かにこちらを呼んでいる。

どこの山にも、主はいる。


近藤一族の山には、叔母わらしがいる。

恩を与え、称え、祀ることで、

富と繁栄をもたらす存在だ。


「この山の主はな」

仁さんが言った。

「長く生きた、大猿だった」

「俺の祖父の代から変わらん」

「餌も水もある。自然も多い」

「人里に降りる必要が、ない」


――百年以上生きた物の怪。

普通の猿なわけがない。

「お互い、縄張りを荒らさん」

「それを禁として、生きてきた山だ」


沈黙のあと、私は言った。

「……新しい主が」

「こっち側に、興味を持った?」


仁さんは、深く息を吐く。

「……だろうな」

「境界線ぎりぎりに、死体を撒く」

「――あきらかに、挑発だ」

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