美しき、フリッカージャブ
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「高いわよ……」
摩里の目つきが、はっきりと変わった。
――来たな。
私としては、こんな便利な呪符、喉から手が出るほど欲しい。
だが、それを悟られるわけにはいかない。
努めて無表情を装う。
摩里が、値を切ってきた。
「二枚一組で、五十万……!」
仁さんが、思わず目を見開く。
私も、さすがに躊躇した。
……高い。
だが、それでも欲しい。
「買っ――」
その瞬間。
「コン、コン」
ノックの音がして、扉が開いた。
「緑さ〜ん、お見舞い来ましたよ」
マッキーと凛さんだった。
凛さんは部屋に入るなり摩里を見ると、微妙に奇っ怪な表情を浮かべる。
私は、ここまでの経緯を二人に手短に説明した。
話を聞き終え、凛さんが静かに頷く。
「事情は把握しました」
そして、きっぱりと言い切った。
「ですが……高すぎます」
摩里は眉間にしわを寄せる。
「そう? 作るのに、相当手間が掛かるのよ」
「えぇ、事情があるのは分かります」
凛さんは一歩も引かない。
私は、交渉を凛さんに委ねた。
――任せた。
「今は誰も、使わないと聞きましたが……」
凛さんの言葉が、軽く突き刺さる。
「緑さんが、買わなければ、ですけどね」
摩里と凛さんの視線が、真正面からぶつかる。
……言葉のジャブだ。
凛さんの、フリッカージャブ。
摩里は一瞬、間を置いてから答えた。
「まぁ、そう言われたら……否定はしないわ」
ガードを固めた、というところか。
凛さんは、畳みかける。
「仕事柄、緑さんには必要なものでしょう。
長く、お付き合いになると思いますよ」
巧みにガードの隙間をこじ開ける、技巧派の攻め。
「その値段では……一回か二回で終わります」
単発の高額バイトで終わらせるのか。
継続的な収入を捨ててまで?
そう問いかけている。
摩里は、悩むように視線を逸らし、提案した。
「……三十万?」
凛さんは、空いた隙間に鋭角なアッパーを叩き込む。
「二枚一組……五万で」
摩里が明らかに動揺した。
定期収入は欲しい。
だが、手間に見合わない――そう言わんばかりに距離を取る。
「……話にならないわ」
しかし、凛さんは詰める。
「……十万」
追撃のボディブロー。
摩里が、ぐらりと揺れた。
そのときだった。
「ちょっと待て。先に、これを渡しておこう」
仁さんが、三枚の小さな手鏡を取り出した。
――まさか。
「緑は知ってるだろうが、自由に山に入れるようになったからな」
「湖の水で、加護を付けることが出来た」
「神社の外でも、三回までは弾ける」
「……その先は、分からんがな」
鋼のシールド。
しかも、どこでも使える。
……まさか、仁さんまで。
私は思わず仁さんを見る。
「真希さん、凛さん。持っておきなさい」
「私は神主だ。金なんて要らんよ」
「「あ、ありがとうございます」」
二人が揃って頭を下げる。
凛さんは、ゆっくりと摩里を見る。
私たちの視線も重なり――追い風が吹いた。
摩里は、仁さんに「やったわね」と言いたげな視線を向ける。
そして、観念したように息を吐いた。
「……分かったわよ」
「二枚一組、十万でいいわ」
――
凛さんの勝ちだ。
「では、その条件で」
交渉は、静かに終わった。
五十万から十万。
大幅な値下げに、私は胸をなで下ろす。
……やはり、凛さんは出来る人だ。
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摩里はここで、ふいに仁さんへ話を振った。
「仁さん、その残りの一枚の鏡……私にいただけません?」
――は?
思わず、私は仁さんへ視線を向ける。
仁さんはダンディに口角を上げ、ニヤリと笑った。
「その燃える呪符と交換なら、いいがな」
「もちろん、普通のやつで構わん」
摩里は楽しそうに笑った。
どうやら、私たちに渡すものとは違い、造作もない品なのだろう。迷いもなく即決だった。
「ええ、構いませんよ……」
二人は、かたい握手を交わす。
――ちょっと待て。
じゃあ、私の鋼のシールドは?
「じ、仁さん……私の分は?」
そう言うと、仁さんは「何言ってんだ、こいつ」という顔でこちらを見る。
「あぁ? お前、いるのか?」
「返せるだろ。拳で」
いやいやいや。
痛いし、無理だし、そもそもギリギリだから!
その横で、マッキーと凛さんは、鏡と呪符を手に取りながら楽しそうに談笑し始めていた。
……羨ましい。
摩里は、私と鏡を交互に見比べると、ニヤリと笑う。
…………!
こいつ、値下げの――あてつけか……?
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