猫の額
白いロングコートを着た女が、街の道端にたたずみ、思案に耽っていた。
通りには冷たい風が吹いているがそれは弱く、冬晴れのお日様が地面を温かく照らしている。
(暑いわ……でもこれを脱ぐわけには……)
女は日陰を求めて路地裏に入った。日が差していないと多少はマシなのか、ホッと息を吐いた。
2歩、3歩と両側の店構えを見ながら歩き出した。すると左側に、気になる店を見つけた。
『猫の額』
窓はなく、扉にも窓がないので、中のことは全くわからない。開店中、閉店中の看板もない。でも入ってみたら、何かいいことが起こりそうな予感がした。
チリンチリン
「失礼します……」
「お、お客さんや!」
「いらっしゃいませ〜」
おそるおそる入店すると、そこは服屋のようだった。そして店内は、ちょうどいい寒さだった。そう、コートを脱がなくていい程度の涼しさ。
「ここに入れたってことは、お客さんは私たちと同種で、服を探しているってことだよね?」
「ど、同種?な、なんのことかわからないわ。確かに服は探しているけれど……」
「隠さんでえぇよ、この店におるの、みーんな化け猫やから。」
店員は、ピョンと飛んだかと思うと三毛猫の姿になり、くるりと宙返りをして着地した。
「そ、そうなんですね、よかった……ってことは、ここにある服って、私達が着れる服ってことですね!」
はぁ……女は安心してため息をついた。
「お客さん、多分白毛だよね?真っ白?」
「はい、真っ白です。」
「じゃあこの辺の服だね〜、ひらひら好き?」
「初めてみたけど、これいいですね!最高です!」
「今の気温だとそのコートはしんどいよね。このワンピースとかどう?」
「ワンピース?!これがワンピースですか!いつか着てみたかったんです!素敵!これにします!」
「他のも持ってきたんやけど、これでええの?」
「うーん……そうですね、これがいいです!」
「服と猫の出会いは一目惚れじゃからの。」
「あ、店長!」
「店長さん?」
「店長すごいんやで、むぐ」
「ミケ、余計なこと言わないの。」
「妾は店長でもあり……猫又でもあるのじゃ。もう何年生きておったかの……500を超えたところで数えるのをやめたわ。ホッホッホッ」
「店長さん、すごい人なんですね……!あ、てことは私用に合わせてくれるのって、」
「妾じゃの。」
「お世話になります!あ、先にお金を払った方がいいですよね?お金……ちょこっとしか持ってないんですけど……」
「大丈夫やで。ここは化け猫の店。通貨は新鮮なマタタビや。新鮮じゃなくても構わんけど、ちょいと量がいるで。あのワンピースやったら、枝1、2本やな。」
「よかった。マタタビなら村からたっぷり持たせられました。1、2本ですね。」
女はレジの前にマタタビの枝を2本置いた。
店員のミケが目を見張る。
「それ、めっちゃ新鮮な枝やん!これなら1本でええで。」
「それでいうと、村の人がみんな1番好きなこれはどれぐらいの価値なのでしょう?」
「なんやと?!これハナマタタビやないか!それなら貴重すぎて何でも買えるわ。化け猫が作った家とかも買えるで。あ、乾燥する前の葉はもっと高いけどな。久々にお目にかかれたわ〜拝んどこ。」
「そうなんですか、教えていただきありがとうございます。何分、今日村を出てきたものですから……街の勝手がわからず……」
会計作業に目もくれず拝むミケは置いておいて、もう1人の店員とともに猫又の店長さんのところに向かう。
「では……お願いします。」
「うむ、まずはコートを脱ぎな。」
「新しい服はこれだよ。」
「サバ、ありがとさん。お客、そういえば名前を聞いていなかったの。」
「シロと申します。」
「安直だがいい名前だの。ではシロよ、手を私の方へ。」
シロが手を店長に向けると、店長も手を伸ばし、シロの手を握った。店長……猫又は、反対の手で新しい服を握り、2又に分かれた尻尾を出し、それをゆらゆらと動かしながら、シロの妖力を吸い取り、猫又を通って服に妖力を染み渡らせた。
「ほれ、これで着られるようになったはずじゃ。」
「ありがとうございます!」
「妖力を服に行き渡らせる程度のことが難しいとは、化け猫は不便じゃのぉ。練習すれば化け猫でもできるはずじゃぞ?まあ習得する前に猫又になってしまうかもしれんがの。」
店長はコロコロと笑った。
「そうや!シロはん、今日村から出てきたって言ってたやんな?」
いそいそと服を着るシロに、ミケが声をかけた。
「そうですが……」
「じゃあ仕事も巣も決まっとらんのちゃう?」
「あら、たまにはいいこと言うじゃんミケ。シロさん、ここで働かない?巣は2階にあるし、ご飯も出るよ。」
「たまにはってなんやねんサバ。シロはん、ここで働くならな、爪研ぎの時間も自由やし、服にじゃれて遊んでもいいんやで!猫又製の服やから、うちらが多少引っ張ったところで破れんしな。」
「お昼寝の時間だけは交代で取らなきゃだから、全員一緒にお昼寝はできないけどね。注意点はそれぐらいかな?」
「うちがいっちゃん好きなのはなー、この紐だらけの服や!いろんなとこから紐出とってな、動きが予想できんで最高なんや!これが売れたらショックやで……」
「ホッホ、それはお主らのオモチャ用に作った服じゃよ。その見た目で売れるわけないわ。万一売れてもまた作ってやるさ。」
「……素敵なところなのですね。私……ここ、好きかもしれません。一応、巣を見せてもらってもいいですか?」
「よいぞ。こっちじゃ。」
店長の猫又は尻尾が二又の猫に変身し、レジの裏の階段を登っていく。シロも白猫に変身し、ついていった。
「ここじゃよ。物がないところは空いとるから、好きなところを選ぶといい。人間姿で休みたいならあっちじゃ。」
そこを人間が見たら、銭湯のロッカーのようだと思ったであろう。作りつけの小さな四角い部屋が天井まであり、ところどころに毛布やオモチャが入っている。猫が寝ている部屋もあった。互い違いに板が飛び出していて、ぴょんぴょんと上まで登っていけそうだ。窓からは柔らかな日差しが入り込んでいて、窓の下には大きめのソファーベッドがあった。
「うわぁ、最高です!私、ここで働きます!」
「可愛いの、お前さんは。この毛布は門出のお祝いじゃ。心を込めて作っとるから、ここで使うといい。」
「何から何まで……ありがとうございます!」
「シロはん、決まったんやな!うち嬉しいわ〜!」
「きっと気に入ってくれると思ってたよ。自分のオモチャが欲しいなら、この路地を出て左側の3軒先だよ。お給料も出るけど、持ってきたマタタビが新鮮なうちに買っちゃうのがいいんじゃないかな?」
「うちはこの店のキャットウォークで十分やなー。ほら、上見てみ。道があるやろ?あそこいつでも自由に走り回ってええんやで!」
「ミケさん、サバさん……これからよろしくお願いします!」
その後、美しい白い子が街に来たと猫たちが騒ぐのは、また別のお話……




