勇者ダルクの呟き
「そっちはどうだった?」
疲れ切ったサーラから掛けられた言葉に、一度考えてから返事をする。
「該当する女性は見つからなかったーーーが、」
「が?」
俺の返答に食いついたのはエリクだった。
ーーーここは、俺たちに好きに使っていいと与えられた1室。
王宮にそんな部屋をもらえるなど常ならばあり得ないが、何せ俺たちは“勇者御一行様”なのだ。
「……1人、引っ掛かりを覚えた女がいた。ーーあの制服は研究所勤務だろう」
「…名前は?」
エリクの目の下には酷い隈が出来ている。
「聞いてない」
「何で聞いてこないわけ?」
呆れ声のサーラに、確かに失敗したなと思う。
「…後から違和感を覚えたんだ。話している時は何も感じなかったんだが」
「ダルクのそういう感はあたるからねぇ」
長椅子に寝そべってそう言うのは、射手のローリーだ。
「そもそも、エリクさんの魔術にも反応しないのが不思議だな……余程の守り手が付いているんですかね…」
顎に手を当てながら考える素振りをする騎士のカヴィス。
「ーー間違いなく、存在が隠されてる。……街中にいないとすれば城にいるしか無いはずなんだ」
1人の女を探すために国中に探知魔法をかけて探し出そうとしている魔術師、エリク。
ここにいる4人が、討伐部隊として選ばれた俺の仲間だった。
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討伐部隊に選ばれた時、俺はどこか誇らしい気持ちさえ持っていた。
ぶつくさと文句を言い続けるエリクの事だって心のどこかで侮っていたし、邪魔だからと長い髪を男のように切って参加したサーラの事を女なのに勿体無いと上から目線で考えたりしていた。
当時16歳の俺は、どこまでも馬鹿や若造だったのだ。
ーーーどこか、旅気分で討伐に出てその甘さを俺はすぐに思い知った。
目の前で、魔物に甚振られる別の国の討伐部隊。
次は自分だろうという判断はできるのに足は動かなかった。
……そんな俺を助けてくれたのはエリクだった。
『馬鹿!!今は生きるために逃げるんだよ!お前と心中なんて死んでもごめんだ』
近づこうとする魔物に魔術を放ちながら、俺を叱咤した。
カヴィスは俺とサーラを肩に担いで走って逃げて、
そんな俺たちを守るために、ローリーは追手に矢を放ち続けた。
『ほら、治すから怪我だして』
逃げ切った俺たちを自身だって疲れているのに治してくれたのはサーラだ。
俺はその時初めて、自分の無力さが恥ずかしくて仕方がなくなった。
ーーこの4人だけは生きて国に帰すと誓ったのも、この時だ。
戦ったり、時には逃げたりしながらも、俺たちは着実に前に進み生き延びていた。
ーーー5年ほど経ったあたりで俺たちは勇者一行と呼ばれるようになって。
自分が勇者だと言われていると知った時は思わず笑ってしまった。
『勇者殿、と呼ぼうか?』
『辞めてくれエリク。お前にそう呼ばれた日には俺は立ち直れない』
『……あながち、相応しいと思うけどねぇ…あっ!そろそろ手紙確認しなきゃ』
いそいそと魔術を展開し俺たちに届けられた手紙を仕分けするエリク。
『はい、これ君の分…こっちはサーラ、ローリー、カヴィスっと』
エリクのおかげで俺たちはいつでも手紙のやり取りが出来るので助かっていた。
『……あぁ……コレットからだ……!』
封筒の匂いを嗅ぎ、頬を寄せるエリクに今でこそ見慣れたが最初はとんでもない変態だとみんなで青ざめたものだ。
『なになに…んふふっーーはぁ可愛いなぁコレット……』
『ねえ、あれで、婚約者なわけじゃ無いんでしょ?振られたらやばいんじゃ無い?』
ひそひそと話すサーラに頷く。
『振られると微塵も思ってなさそうなところがまた怖いな』
『この前の街でさぁ、俺たち娼館行ったじゃん?』
ふいにそんな最低な話を始めるローリー。
『レディの前で話す事じゃ無いと思うけど……続けて』
それに興味津々なサーラに思わず笑ってしまう。
『俺さあ一応エリクにも声かけたんだよ。みんな行くから行こうぜって……なんて返ってきたと思う?』
『些か聞くのが怖いですね…』
カヴィスは嫌な予感に顔を顰める。
『大丈夫、僕にはコレットの手紙があるから……って』
『こっわぁ…!!私鳥肌やばいんだけど』
『奇遇ですね、俺もです』
自分の肩を摩るサーラとカヴィス。
ある意味予想通りすぎる回答に俺は吹き出してしまった。
『俺はさ、実って欲しい……エリクの初恋』
ぽそりと呟いた言葉に3人は頷いてくれた。
その視線の先には手紙に口付けるエリクが居た。
『なあ、俺たちはまだ人間なのかな』
戦い続けて。
敵を屠り続けて。
6年が経った時だ。
『なによいきなり』
野営中、火を囲みながらローリーがそんな事を呟いた。
『いや、さ…こんなに長い間戦い続けてさぁ、いかに効率よく相手を倒せるかとかそんなことばっかに頭使ってーーーもし、もし国に帰れた時人間社会に溶け込めるのかなって思って』
ローリーの言いたい事はよく分かった。
こんなに、長く戦い続けるとは思わなかった。
そして、戦い続けてきた俺たちはきっと、どこかおかしい。
『普通に恋とか、出来んのかなぁ…?俺、旅に出る前は嫁さん貰って、子供は4人で〜とか夢あったけどさー…そんな夢、いつから見なくなったんだろ』
『…私も、正直討伐前は仲間と恋愛関係になっちゃったりして、とか思った事あったけど』
ぱちぱちと音を立てる火を見つめながらサーラも続ける。
『ないわね、ないない。ーーーなんかもうあんた達はそんな次元じゃ無い』
『ああ、それは分かるな…』
俺の返事にエリクは頷く。
『まあ確かに。僕がこの世で大切なのはコレットだけだけど』
『おい』
『ーーけど、そうだね。君たちも守ってやろうとは思ってるよ』
ーーーそう言った次の戦いでエリクはサーラを庇って致命傷を負った。
元々仲間内で決めていた事だった。
致命的な状況に陥った時、回復の力を持つサーラをまず守ることは。
実際敵も馬鹿じゃ無い。
戦闘力では無いが回復の力を持つサーラは、まず狙われる存在だったから。
『おいエリク!!待ってる人がいるんだろ!!目を開けろ!!』
俺の叫びも
『エリク、エリク!手紙が来てるよ!返事を返さなきゃ』
ローリーの嘆きも
『しっかり!エリクさん!大丈夫です、大丈夫ですから!』
カヴィスの寄り添いも
『ーーー怪我が、深すぎる……回復じゃ間に合わない……』
サーラの吐き出すような言葉によって、止まってしまった。
俺は急ぎで辺境伯に手紙を送った。
エリクは、いつからかもし自分が居なくなっても手紙のやり取りが出来るようにと各自に転送装置を用意していた。
でも誰も、それを使うことはなくて。
自分でやりなよ、と言いながらも受け取ってくれるエリクにいつも渡していたのだ。
ーー俺はその時、初めてそれを使ったのだ。
返事はすぐ来た。
【必ず助ける方法を見つける。それまで延命していて欲しい】
ーーー誰も、無駄だとは言わなかった。
サーラも手紙を読むと頷き、力を使い続けた。
その間、強敵に襲われなかったのは幸運だった。
小さな村の、小さな民宿で辺境伯からの返事を待ち続けたのだ。
そして、予想以上の早さで届けられたのが一つの薬だった。
差出人は魔術研究所からだった。
【この薬をまず喉の外傷にかけ、見た目に問題がなくなった後一滴残らず飲み干させて下さい。
必ず、最後の一滴まで。
この薬のことはあなた達以外に他言無用です。
決して漏らさぬようお願いします。
ご武運を。】
『……これ』
『多分、禁薬だわーーー誰かに作らせたんでしょ』
サーラがエリクの首元にその薬をかけるとみるみると傷口が塞がっていった。
俺はエリクの上半身を支え、カヴィスが残った薬をエリクに飲ませる。
『……コ、レット……』
『第一声が、それ?』
呆れたローリーの目元には涙が溢れていた。
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「ねえダルク、見つかると思う?」
「ーーーあ」
気がつくと部屋からエリクが居なくなっていた。
「あぁ…そうだなーー見つかればいいと思う、が」
「が?」
「見つかった後のコレット嬢のことを考えると……」
言い淀んだ俺に、カヴィスが頷く。
「確かに、今のエリクさん禁術の1つや2つ簡単に使いそうですもんね」
「あーわかる。なんか閉じめ込めちゃいそう」
「……コレットちゃんもねぇ、なんで逃げちゃったのかしら」
「……やっぱ怖かったんじゃ無いですか?みんな俺たちのこと化け物を見る目で見てくるし」
「せっかく、世界を救ったのに。損な役回りよね、私たち」
「……強すぎる力は、畏怖されるんだよ結局」
3人の会話を聞きながら思う。
そういえば、生きて帰ってきたことにお礼を言われたのは初めてだったな、と。
「ーーーあ」
「どうしたの?」
「いや、伝え忘れたな、と思って」
先程話した女性は声が出ないのだった。
それをエリクに伝えるのをすっかり忘れていた。
※
過去にこんなに機嫌のいいエリクを見た事があっただろうか。いや、ない。
この世の春とでもいうように浮き足だったエリクはどうやら無事コレット嬢を捕まえたようだった。
「しかしまあ、見つからないと思ったらあの研究所に隠されてたわけね、納得」
「あの所長、なかなか喰えない人ですからねぇ」
「まあよかったじゃん!エリクのご機嫌も良さそうだし」
視線の先にはミルクティー色の髪の女性から一瞬たりとも視線を逸らさず、その一挙一動を逃さまいとするエリクが居る。
「ダルクの感は当たってたって事だね」
「……そうだなーー話せないとは聞いてなかったが…」
「ーーー禁薬」
ぽつり、とサーラが言葉を落とす。
「?」
「……いえ、なんでもないわ!何にせよ仲間の幸せを見るのは悪く無いわね」
「だね!願わくばコレットさんも幸せだと思っていますように!」
ローリーの発言に皆苦笑いで返す。
ーーー俺たちは、どこかおかしい。
自覚もあるし、これから先この平和な生活にどこか違和感を感じながら生きていくのをやめられないだろう。
それでも、願わくばどうか、人としてこの生を終えられますように。
この、仲間達が幸せを感じられますように。
ダルクはただ、そう思うのだった。




