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『ーーー勇者殿から手紙が届いた』
『……なんて、きたんですか?』
『……エリクが、瀕死の重体だとーーー喉を潰されてしまったらしい』
『み、巫女様のお力で何とかならないんですか!?』
『ーーーもう、少しの延命と……痛みを和らげてやるくらいしか、出来ないと』
『ーーーっ!!……ーーー?ーーーー!!』
この時、コレットは思い出した。
辺境伯家の図書室の奥の奥ーーー偶然見つけた禁書。
それをコレットはエリクにも内緒でこっそり読んだことがある。
だから、コレットは知っていた。
ーーーこの世には“禁薬”と呼ばれるものがあることを。
そして、エリクを救えるかもしれないある禁薬の作り方をコレットは知っていたのだ。
コレット、19歳。
エリク、22歳。
すぐ、目の前に迫る影にコレットは顔をあげられなかった。
「ーーーねぇ、コレット。何で他の男の術を纏ってるの?これのせいで本当探すの大変だったんだから」
ぱちん、とエリクが指を鳴らす。
それだけで、コレットに掛けられた認識阻害は解かれてしまった。
大きな影が、座り込むコレットに合わせるようにしゃがみ込んだ。
彼女の手から滑るように紙が抜け落ちていく。
コレットの小さい顎に添えられた大きな手が、強制的に顔を上げさせる。
交じり合う視線に男は恍惚の息を吐く。
「ああーーー想像よりずっと、ずっと綺麗になったね、コレット」
(エリク兄……)
「ああ本当に、ずっとずっと会いたかったんだよコレット。この10年君のことを考えない日は無かったーーーーなのに」
エリクの声が一段と低くなる。
「どうして逃げたの、コレット」
顎を掴む手の力が強くなる。
その強さにコレットはエリクの怒りを感じた。
(こんな、こんなに怒ったエリク兄は見たことがない)
「何か言ってよ、コレット。君の声を聞かせて」
エリクの発言にコレットは思わず口を噛む。
「ーーー僕とは話もしたくないって事?」
(ーーーっ違う!!)
「ねぇ、コレット。10年間……戦い続けた人間が正気だと思う?」
優しい声色で、瞳は全く笑っていない男が問う。
ここに居るのは、何もかもが変わったエリクだ。
もう15歳の少年はどこにもいない。
「君への手紙では隠してたつもりなんだけどなーーーあぁ、気づいて怖くなって逃げたのかな?」
(違う……私は……どんな風になっていても帰ってきてくれて嬉しかったのにーーーそれを、伝えなかった)
コレットは小さく、首を振る。
そうして少し悩んだ後、喉の前で手で小さくバツを作った。
「ーーー?……っ!もしかして、喋りたくない、じゃなくて喋れないの?」
エリクの問いにこくりと頷く。
「どうして!?誰にやられたのーーー
……待って。
……僕さ、死にかけてーーー気がついたら治っていたことがあるんだよね。表向きにはサーラが治したことになっているんだけど。とても助かるようなものじゃ無かったから。ーーーダルクとサーラは研究所から薬が送られてきたと言ってた。部隊以外の人間には他言無用だと伝言付きで………王家が非常事態故に禁薬でも送ってくれたんだろうと思ってたけど」
禁薬には、代償がいる。
「ーーーコレット、なの?コレットが作ってくれたの?」
コレットの場合は声が代償だった。
それだけの話なのだ。
薬を完成させたコレットは、辺境伯にそれを送って欲しいと頼みーーー禁薬だと気づいた辺境伯は秘密裏に魔術研究所所長へと急ぎ連絡を取った。
ーーーそして、所長は…全てを隠し、誤魔化して薬を現地へと送ってくれたのだ。
声を失ったコレットの身元まで引き受けて。
(ーーーエリク兄は、優しいから……だから会いたく無かった)
目の前のエリクは手で目を覆いながら体を震わせている。
(だから、嫌だったのに。ーーーこんなに頑張ってきた人をもう苦しめたく無かったのに)
「んふふふ」
(ーー?)
エリクは思わず漏れてしまった笑いを止められなかった。
「そうかぁ……僕は、僕はコレットの声を飲んだんだね」
目元から手を離し、コレットに向けられたその顔は蕩けるような笑顔で。
「あぁ……最高だよ、コレット」
予想だにしなかった反応に、コレットはただ目を丸くした。




