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『ねぇ、エリク兄。エリク兄は将来辺境伯になるの?』
『うーん、そうだね。僕は今のところ兄弟もいないし』
『そっかぁ…』
『どうして?』
『私…魔術の道に興味があって…ほら、エリク兄は魔力も高いからーーだから、私が目指す道にもしかしたらエリク兄がいることもあるのかなぁって思ったの』
『……なるほど』
コレット、9歳。
エリク、12歳。
ここからエリクは驚異的な速さで魔術の才を開花させる。
ーー3年後王都へと届くほどのその力を。
【コレットへ
もし、これを目にしたならすぐに返事をください。
エリクより】
エリクからそんな手紙が届いたのは、凱旋パレードが終わった数日後のことだった。
(……ごめんね、エリク兄)
そっとその手紙を机に伏せる。
きっと、エリクは地元へと帰って、そしてコレットの不在を知ったのだろう。
いつもは綺麗に並んでいるその字が、震えるように掠れている。
魔王討伐直前の手紙だって、綺麗に整えられた文字列だったのに。
(……お家に帰って、エリク兄はショックを受けなかったかな)
辺境伯は、エリクが旅立った後2人の男児を設けている。
それは、仕方のないことであるのだが。
(エリク兄。辺境伯様は本当にあなたの帰りを心待ちにしてた。どうか、どうか居場所がないなんて勘違いをしませんように)
置いた手紙を眺めながらそんな事をコレットは願った。
「コレットさんおはよう」
「あ、先輩おはようございます〜!」
掛けられる声にぺこりと頭を下げながらコレットは自席へと向かう。
コレットは研究所で主に魔法薬を専門としている。
世の中には魔力が有る人も無い人も多数存在する。
魔法薬はその誰でもが使用できる、生活においてとても大切なものだ。
流行病を治す薬から、一定時間だけ外国語を翻訳できるようにする薬ーーー果てには禁薬とされる製造不可のものが合ったりと、とても奥が深い。
(えぇと、緊急の生産依頼は…)
コレットは机に置かれた書類に目を通しながら今日1日の仕事の流れを確認する。
彼女が働き始めてもう4年になる。
19歳のあの時、コレットの人生は決まった。
「コレットさ〜ん、集中してる所悪いけどお昼休みはしっかり取ってください」
所長に声をかけられコレットはハッと肩を揺らす。
随分と熱中してしまっていたらしい彼女がふと時計を見ると、通常の昼休憩から大幅に時間が過ぎてしまっていた。
すみません、と謝りつつ休憩へ向かうコレットの後ろから
「時間ずらしてきっちり1時間。ちゃんと取ってくださいね〜」
と間延びした所長の声が響いた。
(何食べようかな…)
しばらく悩んでチキンの煮込みに決めたコレットは指を差して注文する。
それほど待たずに出てきたそれを慎重に受け取り、空いている席に腰掛けた。
城の、労働者のために開かれた食堂は安い、早い、美味しいと評判で有る。
時間がズレたためか普段よりだいぶ空いているそこで、コレットはゆっくりと食事を摂っていた。
「ーーーなぁ、知ってるか?勇者一行が人探しをしてるんだと」
ふいに、聞こえてきた斜め後ろの会話にコレットは思わず聞き耳を立てた。
「人探し?」
どくり、とコレットの心臓が大きく脈打った。
「せっかく帰ってきたのになぁ。ゆっくりする間もなく総出でその誰かを探しているらしいぞ。ーーー特に必死なのがアルノー様なんだと」
(嘘でしょ)
がたり、と思わず立ち上がる。
(どうしよう…所長に、相談…いや…でもご飯を残すのは嫌…)
しばらく考えた後、コレットは静かに座り直し、食事を再開した。
(食べたらすぐ研究所に帰ろう)
もぐもぐと咀嚼し彼女なりの早いペースで食事を進める。
それは側から見たら少し遅めだったとしても、コレットは全速力で、一生懸命だった。
「食事中にすまない。ここにいる皆の時間を少し頂いてもいいだろうか!」
唐突に、よく通る声が食堂に響いた。
「おい、あれ…」
「マジかよ俺初めて見た…」
ヒソヒソと驚きの声があちらこちらから聞こえる。
食堂の入り口に堂々と立つ1人の男。
ーーーそれは勇者ダルク、その人だった。




