第6話 (リエナ視点)恋のチェックリストは作れない②「私の変わっている友達について」
突然だが、まずは私の〝友達〟について語らせてほしい。
出会いは七歳。母同士が仲良しというだけの縁で、私は伯爵家の庭園茶会に招かれた。
彼女――ミリアーネ・フォン・リュクスハイムは、初対面では退屈そうな子に見えた。整った顔立ち、けれど口数は少なく、取り澄ましたお人形。
――よくいる伯爵令嬢ね。
当時の私はそう決めつけたのだ。
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意外かもしれないが、私は恋に憧れる乙女を演じている。
子爵家は決して高い身分ではない。上位貴族に好かれ、話を合わせる術を身につけねば家の発展は望めないのだ。
冷たい計算? そうかもしれない。それでも私は、苦労する父と母、弟を支えたいと思っている。
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「何をしているのですか?」
退屈を紛らわすつもりで声をかけたその子は、ほかの子弟たちから少し離れた場所で何かを書いていた。
呼びかけに気づくとパチリと瞬き、小さな革張りノートを閉じる。
「本日の振り返り日記をつけておりますの」
流行りの“貴族日記”か、と受け流しかけた――が、ふと視界に入ったページに整った文字が躍っていた。
リエナ様 → 甘いものがお好き
心臓が、どくりと跳ねた。
伯爵令嬢が、子爵令嬢の嗜好をわざわざ書き留める? しかも“次に会うとき”のために?
「わ、私のこと……覚えていてくださったんですね?」
思わず素の声が漏れた。頬の温度が上がるのを感じる。
けれどミリアーネは、きょとんと目を丸くし、小首を傾げた。
「はい。人の“好き”をノートに集めるのが趣味なんですの。
“好き”が分かれば、その方と仲良くなる方法は必ず見つかりますでしょう?」
利害計算などひとかけらもない澄んだ瞳。
――この子は、本当に人を喜ばせるのが好きなんだ。
そう悟った瞬間、私の胸の奥の薄氷が音を立てて砕けた。
(演技なんて、通用しない子かもしれない……)
気づけば私は“キャラ”を装うためではなく、ただ純粋に彼女と友達になりたいと願っていた。
そして今。
“習慣化の魔女”と囁かれる伯爵令嬢は、涼しい顔でとんでもない提案をしてくる。
「まずは三行日記で、リエナ様ご自身の生活リズムを可視化しましょう」
あのノートにはきっと、新しい一行が増えるだろう。
リエナ様 → 習慣化チャレンジ中
ふふ、悪くない。
胸の奥が、あのときと同じ温かさで波打った。
ルードヴィッヒ様のことも素敵だけれど、今は目の前の親友と過ごす時間がいちばん大事。
――それが、今の私の“好き”なのだ