第5話 恋のチェックリストは作れない①
恋のチェックリストは作れない①
「ねぇ、ミリア、どう思う? ルードヴィッヒ様のこと」
「どうと言われましても……」
麗らかな春の日。子爵令嬢リエナ・フォン・クリスタ――親友、たぶん――とミリアーネは庭園でお茶を楽しんでいた。話題はもちろん女子の定番、恋バナだ。
正直に言えばミリアーネは興味がない。前世で三十路独身喪女だったせいか、現在八歳の恋愛などピンと来ず、弟を見るような目線になってしまう。
「ルードヴィッヒ様のあの切れ長の目、素敵よね〜。ああ……次のお茶会でお会いできないかしら」
リエナはうっとりと自分の世界へ。ルードヴィッヒ・フォン=エーデ=ニアリード王子殿下――この国の第二王子であり、銀髪碧眼の美形少年だ。
前の舞踏会で遠目に見たが、女子に囲まれていて大変そうだったな、とミリアーネは思い返す。
ミリアーネには婚約者フィリップがいる。リエナに言われるまで王子の存在すら意識していなかったほどである。だからこそ恋バナの聞き役に適任と思われているのだろう。第二王子を狙う令嬢となれば顰蹙を買いかねない。
「ねぇ、あなたにお願いがあって……」
来た! ミリアーネは知っている。リエナはこうやっていつも面倒事を持ち込むのだ。
「チェックリストなんて作れませんわよ」
ティースプーンで紅茶をひと混ぜしながらミリアーネは苦笑した。リエナがぱちくりと瞬く。
以前「弟の生活改善 ToDo を作って監視して」と頼まれ、本当にやってみせた“前科”があるせいだろう。クリスタ子爵夫妻は長男の変貌ぶりに驚き、ミリアーネを“習慣化の魔女”などと囁いているとか。
「どうして? 『第二王子にふさわしいレディ養成メソッド』くらい、あなたなら朝飯前でしょ?」
思わず吹き出しそうになるのをこらえる。
――自分で作ればよろしいでしょう――と言いかけて、ぐっと飲み込む。
「こほん。わたくし恋愛カウンセラーではなくてよ? 朝飯前なのは“習慣化”だけ。しかも殿下のお好みが分からなければプランは立てられませんわ」
前世で Excel 進捗表を量産していたとはいえ、恋となれば KPI もガントチャートも役に立たない。 年下の王子は「弟カテゴリ」に自動仕分けされる時点で対象外だ。
「でも“自分磨き”を頑張れば運命の人を引き寄せられるって、恋愛書には――」
リエナは恋愛至上主義のわりにマニュアル依存が強い。そこを正してやりたいとミリアーネは思う。
「第二王子と限定せず、“王族に恥じないレディ習慣”という汎用プランなら作れなくもありませんわ」
「え、わ、わたしの生活を改造するってこと!?」
弟へのスパルタ監視を思い出したのか、リエナの表情が引きつる。
「いいえ――まずは現状を分析しましょう」
ミリアーネは涼しい声で続けた。
「三行日記をつけて、自分の習慣を可視化するのはいかが?」
言われたリエナは考えこんで、
「そうね。」と答え、
「絶対に殿下に相応しいレディになってやるわ…!」
と高らかに宣言した。
ミリアーネはそれを見て「恋愛って大変だなー」
と思ったとかなんとか。




