幕間の物語 神眼と呼ばれた男の話
王都には、かつて「神眼」と呼ばれた男がいた。
先代宰相の養子であり、現国王の教育係を務め、人事行政に携わったその男は――
一目見るだけで「誰を、どこに、どう配置すべきか」を言い当てる天賦の才を持っていたという。
「あの方の采配に誤りは一つもなかった」
「在任中は汚職も縁故も根絶やし――まさに公正そのもの」
そう語る古老は多い。
だが今、彼の行方を知る者は誰もいない。
現王でさえ密かに探索を続けているが、手がかりは霧散したままだ。
「娘のこと、本当にありがとうございました。
あなたに診ていただけて、ようやく安堵いたしました――“神眼”ジョエル様」
深々と頭を下げるジークフリート・フォン・リュクスハイム。
対する老人は鼻にかかった笑い声を漏らし、無造作に木杯を傾けた。
「ほっほっほ、それはもう捨てた名じゃよ。
今のワシは――ただの 不良司祭ジョエル でな」
言うが早いか、濃い葡萄酒をぐびりとあおる。
紫の雫が顎ひげを伝った。
ジョエルはもとは辺境教会の孤児にすぎなかった。
だが或る日、「この子は王都の腐敗を救う」との神託が下り、王都の孤児院へ強制的に移送される。
その予言どおり成人した彼は――
王宮人事の暗部を一掃し、公正無比の采配で「神眼」の異名を得た。
ただし、それは遠い昔の栄光である。
ジョエルには幼いころから、他人には見えない光の画面が重なって見えていた。
――ステータス ウインドウと呼ぶほかない、謎めいたウィンドウである。
「神眼」と呼ばれたのはこのスキルのお陰だ。
人の得意、不得意、そして人間の善性まで見抜けるからだ。
先刻ミリアーネを診た瞬間、そこに踊った文字を彼は忘れられない。
◆ ミリアーネ・フォン・リュクスハイム
称号:『勇者召喚に巻き込まれた転生者』/『習慣化の鬼』
スキル:タスク・オーガナイザー(A+)
「――ふむ」
思わずジョエルは低く唸った。
称号もさることながら、“タスク・オーガナイザー”なるスキルを見るのは生涯で初めてだ。
杯を置き、老人は深々とため息をつく。
「もしかしたら――王都どころか、この国の未来をひっくり返すやもしれんの」
葡萄酒の香気が、錆びついた運命の歯車をそっと動かし始めていた。




