第95話 「狼姫と、お楽しみの時間」
「ぬ、ぬぬっ、脱がすっ!?」
「うん」
「お、おおお、俺がかっ!?」
「うん。だめ?」
世界一殺傷力がある甘え声だった。
ベッドの上には仰向けで寝転んだ咲蓮が、シャツのボタンを全て外して白い肌を露出させ灰色の水着や形の良いへそを見せてくる咲蓮が、上目遣いでズボンを脱がしてとお願いしてくる。
――こんなの、もう、こんなのだろう!
唐突に失われていく俺の語彙力。
それぐらい咲蓮のお願いは破壊力がとんでもなかった。
今までもハグだったり、なでなでだったり、あーんだったり、添い寝だったりと色々と甘えてきてはいたがズボンを脱がせてはもう次元が違う。
異性の、好きな人の衣服を脱がせる。しかもベッドの上でそれをやると言う行為がどれだけの事か……咲蓮は理解しているのだろうか?
「し、ししし、しかしそれは――」
「総一郎に。脱がせて、ほしい」
「――――」
切れ長の瞳がジッと俺を見る。
綺麗に整えられた細い眉尻が下がり少しだけ不安そうだった。
お願いの殺傷力もさることながら、そのセリフと正反対の可愛くけどかわいそうなギャップが俺の頭をおかしくさせていく。
やましい事は決してない。
ズボンを、ロングパンツを脱がせて水着を見るだけ。
そんな思考が俺の頭を支配していった。
「……良いのか?」
「うん。総一郎じゃなきゃ、やだ」
「……っぁ……」
言葉にならない悲鳴が漏れた。
まるで咲蓮に首を絞められたかのように、胸の奥がギュってなる。
ヤバい。ヤバいヤバいヤバいやばいやばいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。
好きな人にこんな事を言われて、甘えられて、嬉しくない訳が無い。
心臓はもう限界を通り越してオーバーヒートしそうな程に激しく動いている。
南の島に来た咲蓮はいつもより大胆で、いつもより甘え上手で、いつもより好きになる要素しか無かった。
「じ、じゃ、じゃあ……脱が、すぞ……?」
「やった。総一郎、好き」
「……ぉ、ぁ、ぅ!」
反則だった。
いつもの大胆な告白も、このシチュエーションで言われると返すに返せない。
咲蓮との約束なのに防御も反撃も許されない猛攻を強いられていた。
俺が脱がすはずなのに、ずっと防戦一方なのである。
せめてもの抵抗で俺はベッドの脇にしゃがみ込み、震えまくる手で咲蓮の腰に……黒のロングパンツに手を伸ばす。
物理的に近くなった咲蓮の肉体に、頭がクラクラした。
「く、くすぐったかったら、言ってくれ……!」
「総一郎の手。おっきい」
「……っ~!」
ベルトって外すの、こんなに難しかっただろうか?
いや普通ならベルトって自分の物しかつけ外しする機会は無いだろう。
だけど今は咲蓮のロングパンツに巻かれたベルトをガチャガチャと外している。
お洒落なベルトだった。俺が普段使うシンプルな奴と違って黒のロングパンツに合うような銀色の装飾がついたカッコいいベルトだ。
そんな事を考えないと俺の両手の上にある色白な腹部や両手の下にある下半身に意識が言ってしまい大変な事になってしまう。
「ぬ、脱がすぞ……?」
「うん」
「……すぅー」
今日だけで一生分の「脱がすぞ」を言ってる気がする。
ベルトを外し終え、震えに震える手でロングパンツの上部を掴む。
細く華奢な腰だった。
そしてどうしても触れてしまう咲蓮の柔肌の感触が、俺の指に触れる。
まるで指先が俺の脳みそになったかのように、繊細な柔らかさと体温が伝わりまくっていた。
俺は今、何をしているのだろうか?
「紐が、あるな……」
「うん、お洒落。水着は、この下だよ?」
「ぉぉ……」
誰か俺を助けてほしかった。
ゆっくりゆっくりとロングパンツを下ろしていくと、先日試着室で見た時と同様の水着から斜めに伸びた二本の色違いな謎の紐が見えた。
灰色の水着だけで大乗な筈なのに、その内側から両翼に白と黒の線のような紐が咲蓮の腰に伸びている。
わずかながらに布面積は増えている筈なのに、何故かその紐があるだけでいかがわしいというかセクシーに見えてしまった。
何なんだこの紐は?
「す、少しだけ……こ、腰、上げて、ください……」
「うん。難しいね、何で敬語?」
「俺も、わからん……」
やっぱり寝ながら脱がすのは限界があった。
謎の紐まではロングパンツを下ろせたが、これ以上は無理やり脱がせてしまう形になるし、それこそ咲蓮の尻とか危ない場所に触ってしまうかもしれなかった。
情けないが、誰かの衣服を脱がすなんて初めてなんだ……。
「うんしょ、うんしょ」
「あ、あまり動かないでくれ……!」
「動かないと脱げないよ?」
「そう、だが……!」
自分で言ったのにドツボにハマる。
咲蓮は俺の手助けをしようとしてくれているだけなのに、下半身を浮かせて腰を動かす動きがどうしても扇情的に見えてしまった。
これは水着を見るだけ、水着を見るだけ、水着を見るだけ。
そう自分に言い聞かせて、沸騰しそうな脳内に冷や水をかけまくる。
「脱がす、からな……?」
「うん。良いよ」
「……っ!」
三回目の確認。
それだけ俺には覚悟が必要だった。
情けない俺の背中を咲蓮が押してくれてようやく決心がついた。
俺は、咲蓮のズボンを脱がす。
既に半脱ぎ……いや十分の一脱ぎぐらいなロングパンツを下ろして水着を見る!
その原動力は使命感に近く、全ては咲蓮の為だと俺は今までよりも力強く咲蓮のロングパンツを掴んで。
「脱がすぞ、咲蓮――!」
一気にロングパンツを下ろす。
「咲蓮ちゃん総一郎くんお待たせーっ!!」
その瞬間、バタンと開かれた部屋の扉。
「休憩も終わったし、そろそろ海に行くよ! お楽しみのう――」
そこには、ド派手な地雷系ファッションにサングラススタイルの浮かれに浮かれた朝日ヶ丘先輩がいた。
「み――」
「…………ぁ」
「未来先輩だ」
ゆっくりとサングラスを上にずらす。
ハーフな朝日ヶ丘先輩の、大きくて丸い碧の瞳がこれでもかと見開かれていた。
その視線の先には、ベッドの上でほとんど半裸な咲蓮と、それに覆いかぶさるようにしてロングパンツを脱がせたばかりの俺がいて――。
「そっちのお楽しみはまだ早いよおおおおおおおおおおおおおっっ!!??」
――大きな誤解を含んだ黄色い悲鳴が、コテージの中に響き渡ったんだ。




