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いつもクールで完璧美人な孤高の狼姫が、実は寂しがり屋で甘えん坊な子犬姫だと俺だけが知っている  作者: ゆめいげつ
第五章 狼姫のお泊りラブリゾート

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第89話 「狼姫と、船の旅」

『ねえねえ見てみて咲蓮ちゃん! 今お魚が遠くで跳ねたよっ!』

『未来先輩。どこどこ?』

『あっちあっち! わわわっ!?』

『わわっ。危ない』


 外からエンジンの音に負けないぐらい賑やかな声がする。

 咲蓮と朝日ヶ丘先輩の声だった。

 何やら危険な匂いがしたが船室内にある監視カメラの映像では二人が船首の柵の手前で尻もちをついていたのでギリギリセーフだろう。

 本当なら今すぐにでも大丈夫かと駆け付けたい所だったけど、今の俺はそれどころではなかった。


「いやあ、まさか柳クンがいきなり土下座をするから流石のボクも驚いたよ」

「お気になさらないでください、柳様。私のこの格好は仕事着でもありますが趣味でもありますので」

「……すみません」


 小型クルーズ船の中。

 操縦室と言えば良いのだろうか。

 様々な計器があって、船を操縦する場所には俺が男だと勘違いした女執事の斑鳩宮さんがいる。聞くところによると彼女は十七夜月先輩の為に取得できる乗り物関係の免許は取りつくしているという超人らしいが、俺は気まずさでその話題には触れられていない。


「趣味……ですか?」

「はい。柳様も夏の直射日光で熱せられた地面の上に頭を擦り付けるような、未来様と似た趣味嗜好があるように私にも趣味があるのです」

「俺のあれは違いますよ!?」

「ジョークでございます」

「あっはっはっはっは!」


 と言うのも、俺の失態をめちゃくちゃからかわれていたからである。

 失礼をした手前でこういうのもどうかと思うが、斑鳩宮さんは冷静に見えてめちゃくちゃ喋るし冗談も言うタイプだった。

 ただその冗談が自虐を含めた自爆タイプの冗談なので俺は笑う事が出来ないのだ。

 操縦席の後ろ。俺の対面に座る十七夜月先輩はずっと笑っているし、船の中なのに助け船は現れそうに無かった。


「どうだい? 誠は面白いだろう? 何せ昔からのボクの専属執事だからね」

「もったいないお言葉です」


 やっぱり今日の十七夜月先輩はテンションが高い。

 斑鳩宮さんがいるからだろうか?


「あの、ところでこの船はどこに向かっているんですか……?」

「十七夜月グループが所有している離島でございます」

「しょ、所有……?」

「避暑地みたいなものだよ。ボク個人じゃなくて、会社のみんなが楽しんで息を抜ける場所さ」


 操縦席にいる斑鳩宮さんがこちらに振り向かずに言う。

 そこに十七夜月先輩が補足するように付け足した。


「……凄いですね」


 薄々は勘付いていたが、十七夜月はとんでもないお金持ちの家系らしい。

 避暑地として島を所有し、専属の執事までいるお嬢様だ。

 本人は隠す気が無いようだけど、触れて良い話題なのかは微妙な所である。


「そんな場所に俺達が行っても良いんですか?」

「今はちょうど夏休み前だから大丈夫さ。それに、キミ達だから招待したんだよ」

「……俺達だから?」

「ああ、これはボクからのお礼でもあるからね」


 そう言って十七夜月先輩は船室内に備え付けられたモニターを見る。

 モニターには船首で打ち上げられた魚の物真似をしてビチビチ跳ねているゴスロリ衣装の朝日ヶ丘先輩と、その周りを歩く鳩の物真似をしている咲蓮がいた。


 ……何をしてるんだ、あの二人は。


「未来があんなに楽しそうにしている。それだけでボクは嬉しいんだ」


 モニターを眺めながら、十七夜月先輩は愛おしそうに微笑む。

 俺の見間違いかと思ったが、やっぱりモニターにはビチビチしている朝日ヶ丘先輩が映っていた。


「……朝日ヶ丘先輩は、いつも楽しそうですが」


 自分の欲を隠さずいつも楽しく全力で生きている。

 俺が思う朝日ヶ丘先輩の印象が正にそれだった。


「そんな事は無いよ。ああやっているのも、キミ達が信頼できる人って分かってるからさ。少し前の未来なら、幼馴染である咲蓮クンの前でもそれを隠していただろう。だからボクは、キミ達に感謝しているんだ」


 そう言ってニコリと、十七夜月先輩は俺に微笑んだ。

 いつもは何を考えているか分からない笑みだけど、今日の笑みは心からの笑みだと本能的に分かった。

 十七夜月先輩と朝日ヶ丘先輩にも秘密がある。

 それを無理に知ろうとは思わない。何故なら俺と咲蓮にもまだ二人に言っていない秘密があるからだ。


 でも確かに。

 何がきっかけかは分からないけれど。

 あんなに素直になれたら楽しいんだろうなと、思う。


『ねえねえ咲蓮ちゃん! 海鳥がうちあげられたお魚さんをついばむって言うけど、鳩さんもついばむのかなどうなんだろうついばんでみる!?』

『ぽっぽ。ぽっぽ』


 外からそんな声が聞こえてきて。


「……アレで、ですか?」

「アレで、だよ」


 俺は苦笑いを浮かべて、十七夜月先輩はただ微笑んだ。


「…………」


 そんな俺達をよそに、斑鳩宮さんは黙々と船を操縦する。

 十七夜月グループが所有しているという離島へたどり着いたのは、それから一時間後の事だった。

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