第88話 「狼姫と、ぽっぽちゃん」
「やあやあ二人とも。青い空、広い海! 皆の日ごろの行いが良いから、絶好のバカンス日和じゃないか」
「それもこれも莉子ちゃんのおかげだねっ!」
――ドルルルルルルルルルルルルルルルルルルルッ!!
小型クルーズ船からお揃いのサングラスをかけた先輩二人が降りて来る。
十七夜月先輩はこの前と同じ純白のワンピースにサングラス。
朝日ヶ丘先輩も変わらずゴリゴリの地雷系ゴスロリ衣装にサングラス。
違う所と言えば朝日ヶ丘先輩のハイヒールがサンダルに変わっている事と、二人の首元にバンダナというかスカーフが巻かれている事だろうか。
何ていうか、遠目から離れて単体で見れば有名人みたいな装いである。
夏の港、エンジン音をかき鳴らす背後の小型クルーズ船、見知った先輩の清楚系地雷系と両極端な衣装の違いのせいで、品があるのに愉快の方が大いに勝っていた。
「おはようございます。十七夜月先輩、朝日ヶ丘先輩。……朝から、愉快ですね」
「お洒落。二人とも」
「あっはっは! そうだろうそうだろう!」
「莉子ちゃんと一緒ならいつでも楽しいよ!!」
皮肉半分な俺の言葉とその隣で目を輝かせていた咲蓮の言葉を素直に受け取った十七夜月先輩と朝日ヶ丘先輩が大きく笑う。
いつも元気な朝日ヶ丘先輩はともかく、一目で十七夜月先輩のテンションが高いのが見て分かった。
普段は何を考えているか分からない、それこそ黙っていれば深窓の令嬢のような姿なのに、今日の十七夜月先輩はとても楽しそうである。
そんな変わった朝の挨拶をしている俺達の足元を、人に慣れた港の鳩達が闊歩している事がまた愉快さに拍車をかけている気がした。
「――お嬢様。本日も日差しがお強いですので、ご挨拶はほどほどに」
「ああ、誠。すまないね」
「えっ?」
「わぁっ」
そこに、十七夜月先輩の背後から声をかける人物がいたんだ。
その人物の登場に俺と咲蓮は声を漏らす。
一言で言うのなら、とんでもない美青年だった。
上下キッチリと着こなされた燕尾服はマンガやアニメ、ドラマで見るような執事そのもの。
銀色の長い前髪は顔の半分を覆っているが、それが逆に映える程の美形である。咲蓮の灰色の髪と色合いは似ているが、彼の銀色の髪は光沢がありより艶やかだった。
そこから見せるスラっと伸びた高い鼻や小ぶりな唇、それと優し気な瞳がまた中性的な印象を感じさせながらも、その佇まいや雰囲気から何て言うか……一流さがこれでもかとにじみ出していたんだ。
「十七夜月先輩、そちらの方は……?」
「綺麗」
俺も咲蓮もその人物に釘付けになっていた。
十七夜月先輩も朝日ヶ丘先輩も綺麗で可愛いのは間違いないが、武骨な港でその可憐で派手目な衣装は若干浮いていて愉快なのだ。
しかし彼だけはこの炎天下の中でしっかりと燕尾服を着こなしていて、それがまた自然に調和しているように思えて、同性でも夢中になるタイプのイケメンと言って良いだろう。
そんな俺と咲蓮の前に彼は涼し気に立ち、深々と頭を下げた。
「お初にお目にかかります。柳様、咲蓮様。私、莉子お嬢様の専属執事を務めております、斑鳩宮 誠と申します。本日より二日間、皆様の送迎からお世話を担当させていただきますので、ご遠慮なく何なりとお申し付けくださいませ」
「は、はい……」
「よろしくお願いします」
爽やかすぎる笑顔だった。
同性なのに、挨拶された俺の方が緊張してしまうぐらいだ。
だけど咲蓮は変わらず、いつものように冷静に頭を下げていて凄いと思った。
「誠は子供の頃からボクの執事をしてくれているんだ。すごく頼りになるんだよ」
「もったいないお言葉です」
いつもよりテンションが高い十七夜月先輩が得意気に頷く。
そんな先輩を前にしても彼は静かに微笑むだけで、何ていうかとても冷静だった。
「えっと、よろしくお願いします。いかるが、のみやさん」
「名前。カッコいい」
「ありがとうございます。斑な鳩に宮殿の宮と書いて、斑鳩宮でございます。あまり馴染みのない苗字ですので、私めの事はお好きにお呼びくださいませ」
緊張からかどう呼んで良いか言葉に詰まってしまった俺にそっと斑鳩宮さんはフォローをしてくれた。
しかもその読み方から端的に分かりやすく丁寧に教えてくれた上で好きに呼んで良いとまで言ってくれる。
咲蓮と出会う前ならば、俺が憧れる人物の一位になっていたかもしれない。
「はと?」
そんなデキる男である斑鳩宮さんの言った言葉に反応する人物がいた。
咲蓮である。
「はい。咲蓮様。斑鳩には鳩という漢字が使われております」
斑鳩宮さんは首を傾げた咲蓮に丁寧に答える。
正に余裕がある、大人な対応で。
「はと。じゃあ、ぽっぽちゃんって呼ぶね」
「ぽっぽちゃん?」
そこに咲蓮のマイペースが炸裂したんだ。
「うん。鳩だから、ぽっぽちゃん。周りにもいっぱいで、可愛い」
「さ、咲蓮! 初対面の年上男性にそれは失礼だぞっ!?」
「いえいえ、大丈夫ですよ柳様」
足元の鳩に夢中だった咲蓮が得意気に語り、俺はすかさずフォローを入れた。
そんな開幕から踏み込んだコミュニケーションをした咲蓮と俺に、斑鳩宮さんは微笑みながら告げる。
「このような格好をしていますが、私は女執事ですので」
「…………え?」
失礼をかましていたのは、俺の方だった。




