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いつもクールで完璧美人な孤高の狼姫が、実は寂しがり屋で甘えん坊な子犬姫だと俺だけが知っている  作者: ゆめいげつ
第五章 狼姫のお泊りラブリゾート

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第87話 「狼姫と、サングラスクルーズ」

 咲蓮に好きと素直に言うべきかどうか。

 それが俺を悩ませているたった一つの原因だった。

 俺は咲蓮の事が好きだ、大好きと言っても良いだろう。

 だけど俺が咲蓮の事を嫌いと言うのは咲蓮との大事な約束でもあって、一筋縄ではいかない理由なのだ。

 

 そうじゃなくても最近は咲蓮の方から俺に好意を言葉と行動同時にこれでもかと浴びせて来るので、その一筋縄も二筋縄も千切れる寸前で……。


「総一郎。大丈夫?」

「ん? ……お、おぉ!?」

「ボーっとしてる。お水、飲む?」

「ち、ちょっと考え事をな……!?」


 日陰の下のベンチで。

 隣に座っていた咲蓮が俺の顔を覗きこんできた。

 ポーカーフェイスだが眉だけは心配そうに下がっていて、俺はそこでようやく自分の意識と言うか思考が飛んでいた事に気づき姿勢を正す。


「熱中症は危ない。今日も暑いから、飲む?」

「あぁ、ありがとな……」


 咲蓮から蓋がコップになるタイプの小型水筒を受け取った。

 傾けるとカランと中の氷が揺れる音がして、透明な液体がコップに注がれていく。

 口に含むとキンキンに冷えた水の冷たさが喉を潤して、思考と外の暑さで火照った身体を冷やしてくれるようだった。


「海。だね」

「……だな」


 青い空が広がっていた。

 波の音が響いていて、潮の香りが漂っている。

 海鳥の鳴き声なんかも聞こえていて、まさに夏の海そのものなのだが……。


「港。私、初めて来た」

「俺もだ……」


 港だった。

 堤防とかテトラポッドに小さな灯台があって、遠くには釣り人が何人か見えた。

 夏休み前、七月の三連休初日。

 十七夜月先輩にプライベートビーチへ招待された俺と咲蓮が電車を乗り継いでやって来たのは、青い砂浜が広がる海ではなくて灰色のコンクリートが目立つ港だった。


「わっ。鳩さんも、たくさん」

「いっぱいいるな……」


 遠くを飛ぶ白い海鳥。

 そして俺達が座るベンチの前には鳩が大量にいた。

 シチュエーション的にはとても夏なのだが、想像していた夏とはかなり違っていて素直に喜んで良いのか分からなかった。


「ぽっぽ。ぽっぽ」


 でも咲蓮が楽しそうにしているのでそれでも良いのだろう。

 歩く鳩の真似をして咲蓮も首を揺らす。

 当然だけど今日の咲蓮は制服ではなく私服だった。

 基本的にはこの前と同じ白のボタン付き半袖シャツに黒のパンツスタイル。そこに黒のキャップとサンダルが加わってより一層夏らしさが増している。

 ベンチの横には家から持ってきたらしい青のトランクケースがあったりと、どこからどう見ても旅行を楽しんでいた。


「ぽっぽ。先輩、遅いね。ぽっぽ」

「気に入ったのか?」

「ぽっぽ」


 気に入ったみたいだった。

 狼姫から子犬姫になって小鳩姫になるのだろうか、なんて馬鹿な事を考える。

 それだけ平和で、穏やかな時間が流れていた。


「やあやあ待たせたね! 柳クン! 咲蓮クン!」

「ラブクルーズ! 到着だよっ!!」


 ――ドルルルルルルルルルルルルルルルルルルルッ!!

 っと、けたたましいエンジン音と共に現れた一台の小型クルーズ船。

 その船首に立ち、腕を組みながらお揃いのサングラスをかけた愉快な十七夜月先輩と朝日ヶ丘先輩が現れるまでは……確かに平和だったんだ。

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