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いつもクールで完璧美人な孤高の狼姫が、実は寂しがり屋で甘えん坊な子犬姫だと俺だけが知っている  作者: ゆめいげつ
第五章 狼姫のお泊りラブリゾート

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第86話 「狼姫と、どっちから?」

「ボクだって風紀委員なんだ。だから二年生のクラスがある階層を歩いていたって、違和感は無かっただろう?」

「いや、ですが急に、えぇ……?」


 昼休みの廊下で十七夜月先輩と鉢合わせたというか向こうから一方的に話しかけてきた。……かと思えばウキウキな足取りで俺の手を掴み、そのままいつもの特別校舎棟にある風紀室へと連行されてしまう。

 もちろん昼休みの学校には目撃者が大勢いたが、良い意味で風紀委員として有名な十七夜月先輩と俺の組み合わせには誰も違和感を持っておらず、むしろ見ていた生徒達の姿勢が正されたりしていた。

 なんていうか、悪い事は何もしていないのに街中でパトカーとか警察官を見た時の反応とよく似た感じだ。


「最近のキミも風紀委員の活動はやってくれているがどこか上の空だったし、未来からの報告もある。面白い話を聞くなら今しかないと思ってね」

「……せめて取り繕う言葉があっても良いんじゃないんですかね?」

「何を言ってるんだい。柳クンとボクの仲だろう?」

「…………」


 何を言っても十七夜月先輩には敵いそうになかった。

 そんな愉快犯なお巡りさんこと十七夜月先輩はいつものように風紀室の机に座り、挑発的に足を組む。

 いつ見ても風紀委員とは思えないぐらいの大胆さだ。

 でもそんな仕草も、俺の考えを全て見据えていそうな漆黒の瞳の前ではまるで気にならなかった。


「誘った側だけどボクもキミ達との旅行を本当に楽しみにしているんだよ。だから、その前にある程度の憂いは取り除いたって良いだろう?」

「……憂いって程でもないんですが」

「ほう?」


 十七夜月先輩は口が上手い。

 場の空気を作るのも上手で、自然と俺の口から話す雰囲気が出来上がっている。

 まるでこっちの心を読んでいるように、飄々とフォローに感じないパスを出しては背中を教えてくれる。

 それこそ朝日ヶ丘先輩からの報告とも言っていたし、ある程度は俺と咲蓮の関係の変化も知っているのだろう。


 だからこそ、俺は頼れる先輩として信頼を置いている十七夜月先輩に最近の出来事を話したんだ。


  ◆


「そこまでされて理性を保てる柳クンもどうかと思うよボクは」

「……俺。今、真剣な話をしてましたよね?」

「だからさ」


 俺は話した。

 最近は咲蓮とのご褒美が過激になり、首元を甘噛みされている事を。

 そしたら十七夜月先輩は思いっきり溜息を吐いたんだ。

 真顔で。


「ボクとしては可愛い後輩二人にも幸せになってほしいからね。お節介だろうが、ヤキモキして足踏みをしているなら道を示す事だってやぶさかではないよ」

「それは、そうかもしれませんが……」

「その事実を抜きにしても、柳クンはボクにとって特別だからね。未来が次期生徒会長である咲蓮クン甘やかしているのなら、ボクは直属の後継者である柳クンを可愛がったって問題は無いだろう?」

「そう、なんですか……?」

「まあボクはスパルタだけどね」

「……ですよね」


 あっはっはと、十七夜月先輩は笑う。

 だけど俺はまるで崖っぷちに立たされた獅子の子供のような気分だった。

 十七夜月先輩に相談すればほとんどの事象は解決へ向かうが、それは良くも悪くも成長を促すようなナニカが発生すると知っているからだ。

 直近でのダブルデートもそうだが、十七夜月先輩には一年生の頃から色々とお世話になりっぱなしなのである。


「とは言え、全てをああしろこうしろと言うのはボクの流儀にも考え方にも反する。ましてやそんな事をしなくても旅行は待ってくれないからね」

「まあ、明後日ですもんね」

「そうだとも。しかしそれでは先輩としてわざわざ貴重な昼休みの時間を奪ってまで呼び出した意味がないからね、一つだけ助言をしておこうかな?」


 そう言って。

 十七夜月先輩は俺に綺麗なウインクをする。


「ボクも未来の首や身体を噛むのは好きだし、未来も噛まれるのが大好きさ」


 そのまま平然と。

 恥ずかしげもなくそんな秘密を暴露して。


「おそらくだがその話の一部を、未来は咲蓮クンにもしたんだろうね」


 十七夜月先輩はうんうんと頷く。

 そして顔の高さに上げた指を、パチンと鳴らした。


「けれど未来が鼻息を荒くして伝えるのは、甘噛みされる素晴らしさの筈だよ」


 鳴らした指は、形を、向きを変える。

 その指が差した先は、真っ直ぐと俺に向けられていて。


「さて。咲蓮クンが本当に望んでいる事は、自分からキミを甘く噛む事だろうか?」


 十七夜月先輩はニコリと、満面の笑みを浮かべた。

 学園で一二を争う、美人な風紀委員長の満面の笑みを前にして。


『総一郎が、好きって言ってくれるまで。我慢する、ね?』


 俺の頭の中は……。

 今いない筈の、咲蓮の笑顔とその言葉で満たされていたんだ。

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