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いつもクールで完璧美人な孤高の狼姫が、実は寂しがり屋で甘えん坊な子犬姫だと俺だけが知っている  作者: ゆめいげつ
第五章 狼姫のお泊りラブリゾート

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第83話 「狼姫と、まーきんぐ」

 がおぉ、と言った。

 威嚇だ。多分、威嚇である。

 咲蓮が、椅子に座る俺の上に跨り、両手を広げて大きく口を開けたんだ。


「……あれ?」


 口を開いたまま、咲蓮が首を傾げる。

 綺麗な、口だった。

 並びの良い、白く綺麗な歯。

 いつもは小声で小さく開き見る事が無い咲蓮の口の中が、これでもかとさらけ出されている。言葉通り今にも吸い込まれて食べられてしまいそうな口が、俺の目の前に広がっていたんだ。


「カッコいい?」

「……むしろ、可愛さが、増した」

「むぅ。難しい」


 どうやら咲蓮は本気でカッコいいと思っていたようだ。

 だけどそれは狼姫というよりは、狼の模倣だろう。

 その仕草的にライオンとかの方が近い気がしたが、咲蓮のイメージは狼一択なので狼なのだ。

 ただしその可愛らしさから子犬属性がどうしても離れず、俺はしどろもどろになりながら視線を逸らす事しか出来なくて。


「がお。がおぉ。がおー」


 その間も、咲蓮の猛攻は続く。

 角度を変え、仕草を変え、距離や勢いを変えて俺に威嚇のような何かを繰り返す。

 可愛くて仕方が無かった。

 そんな言葉しか出てこないぐらい、咲蓮の威嚇は可愛かったんだ。


「総一郎が無反応」

「は、反応はしてるぞ!? 言葉にならないだけで!」

「そうなの?」

「あ、あぁ……」

「総一郎。可愛い」


 どっちが!!

 満足気に笑う咲蓮に、思わず叫びたくなった。

 俺は一体何を見せられ、何をされているんだろう?

 放課後の教室で、椅子の上から跨られ、密着しながら大きく口を開き、威嚇のような可愛らしい何かを見せられていたんだ。


「総一郎が可愛い。ので」

「のでっ!?」

「今日のだっこ。むふー」

「のでで良いのかそれは!?」


 これ見よがしに、咲蓮がより距離を詰め密着し、俺の背中に腕を回してくる。

 ヤバい、とてもヤバい。

 放課後に抱き合うと言っても、立ってするのと椅子の上でするのでは状況が大きく変わってくる!

 お見舞いに行った時もベッドの縁に背中を預けながら抱き合ったが、それは咲蓮の部屋という密室であり今は放課後の教室と言う公共の場だった。

 下校時間はとっくに過ぎているから生徒は校庭や体育館、それに部活棟や特別校舎棟にしかいないだろうがそれでも緊張と言うか……背徳感は増すばかりで。


「ぎゅー……ぎゅー……」

「さ、咲蓮……! い、いつも通り……立ってやらないか!?」

「むぅ。総一郎は、わがまま」

「わがまま!?」

「うん。お昼は総一郎の言う通り我慢する。だから、これからはこれが良い」

「こ、これからっ!?」

「ぎゅー……」


 何という事だ。

 これからのご褒美が、立ってするハグから座ってするハグになってしまった。

 ……確かに咲蓮の言う事も正しいのかもしれない。

 俺のわがままで、ここ最近定番になりつつあった日中の咲蓮の甘えを我慢させる形になって、咲蓮に見返りが無いのはおかしな話である。

 確かに狼姫としてのカッコいい咲蓮のイメージを崩したくないというのは俺の意見だが、それ以前にこの秘密の関係が始まったのもそこに起因するのだ。


 手段と目的が入れ替わり、本末転倒にならない為にはこれが一番なのだろう。

 だけど全身で咲蓮を感じているせいで、正直それどころでは無かった。


「すんすん……総一郎の匂い……あったかい……」

「ふ、フルコースだな!?」


 咲蓮が座る俺に跨り、抱きつき、匂いを嗅ぎ、胸に顔を埋める。

 そんな今までの積み重ねみたいな行為に俺は咄嗟に思いついた言葉を喋るだけの男になっていった。

 そんな小動物チックな甘え方に、俺は無性に抱きしめたい欲求に駆られる。

 だけど俺から話を振った手前、この話題をうやむやにして終わらせるのはどうしても避けたかった。


「こ、こうすれば……昼は控えてくれる、で……良いんだよ、な……?」

「うん。私も、総一郎が困るのは困る」


 キュンときて、ギュっと胸が締め付けられる。

 実は寂しがり屋で甘えん坊の咲蓮が、俺の為に甘えるのを我慢してくれると言ってくれたからだ。


「……ありがとな」

「わっ、わっ」


 表情には表れないが、咲蓮にとってみればそれはとても重要な決断だと思う。

 気づけば俺は咲蓮の背中に腕を回していて、そのままサラサラな灰色の髪と頭を撫でていた。


「なでなで。総一郎のなでなで、嬉しい」

「……あぁ。昼は我慢してくれる分、放課後は思いっきり甘えてくれ」

「やった」


 俺も覚悟が決まった。

 咲蓮に我慢をさせるのだから、放課後はこれ以上に甘やかす。

 それが咲蓮にしてやれる、今の俺にとって最大の落としどころだったんだ。


「総一郎。優しい」


 咲蓮は俺の胸に顔を埋め、呟く。

 制服越しに当たる吐息と、首元に触れるサラサラの髪がくすぐったい。


「でも。勘違いしてる」

「……勘違い?」

「うん。勘違い」


 咲蓮が顔を上げ、至近距離から俺を見上げて。


「総一郎は、優しくて、カッコいい」

「お、あぁ……え?」


 真顔で、そんな事を言う。

 恥ずかしいのに、真剣な顔だから視線は逸らせなくて。


「総一郎が思ってる以上に、総一郎は女の子に大人気」

「そ、そうか? そんな事は、これっぽちも――」

「ううん。だから、ね」


 咲蓮は首を振る。


「私も。ちょっとだけ、わがままする」


 そして、その視線は俺の首元に向いて――。


「かぷっ」

「っっっっっっっっっっ!!!!????」


 ――甘く、俺の首元に噛みついたんだ。

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