第81話 「狼姫と、近づいた距離」
「暑い……」
七月も半ばに入ろうとしている。
ずっと続いていた夏の暑さはとどまる所を知らず、今日も朝からその蒸し暑さを地上にこれでもかと届けていた。
学校の教室、つまり屋外に入ってもそれは変わらない。むしろ閉校時は窓が閉まっている分、教室の中はより暑さが残っていた。
俺はクラスの中で誰よりも早くに登校し、窓と入り口の扉を全開にして風を通す。
しかし他のクラスメイトが来る時間になっても、まだ暑さは収まらなかった。
「総一郎。お水、飲む?」
「……ありがとな咲蓮。でも、まず……離れてくれないか?」
「やっ」
何故なら、咲蓮がずっと俺の腕に抱きつき、くっついているからである。
しかも可愛く首を横に振るおまけまで付いている。
体調を崩した咲蓮のお見舞いに行って、次の日に教室で頬に……キ、キスをされてから一週間以上……俺と咲蓮はずっとこんな感じだった。
「さ、サレン様が可愛くわがままをっ……!?」
「部活で凛々しいサレン様とは違ったお姿を朝から見れるなんてそんな……!」
「甘えるサレン様も照れて顔を真っ赤にする柳さんも素敵ですっ! 推せます推します推させてくださいっ!!」
「み、見てないで助けてくれないか!?」
そんな俺と咲蓮の周りで熱狂するファンクラブ三人娘のせいで余計に暑かった。
南に至っては鼻息を荒くしてスマホカメラを連写している。
この光景が悲しいかな、既に日常へと変わりつつあったんだ。
「総一郎。困ってる?」
「こ、困ってるというか……その、アレだな! あ、あまり俺たちがくっつくと風紀委員的に風紀を乱しているんじゃないかって思ってな!?」
うろたえる俺を、咲蓮が不安そうに見上げる。
表情は変わらないながらも眉が少し下がり気味だったので俺はすぐに分かったし、同時に焦った。
俺だって咲蓮を悲しませたくないのである。
むしろ抱きつかれるのは嬉しいしやぶさかではないのだがここは教室だ。
風紀委員として、そして次期生徒会長候補の狼姫である咲蓮の立場を悪くさせたくない。
「そうか? 何ていうか初々しくて生々しくないから、むしろ模範的じゃん」
「山川お前もか!?」
しかしそこにクラスのムードメーカーであるバスケ部男子の山川まで現れて、平気な顔でフォローと言う名の続けて大丈夫だと言う許可を下ろした。
それに合わせてファンクラブ三人娘も、他のクラスメイト達もうんうんと頷く。
もはや俺と咲蓮の仲は、言い逃れが出来ないレベルで公認の仲になっていたんだ。
「悔しいけど、サレン様の幸せそうな顔を見たらね……」
「この学校に柳以上にサレン様とお似合いの男子がそもそもいないもんね」
「お二人が幸せならオッケーです!!」
「な?」
な? じゃないが。
南と山川のカップルも揃って親指を立てないでほしい。
もちろん咲蓮は学校中の人気者だからこの噂は既に全校中に広まっている。
ついこの間まで不純異性交遊をしている生徒を秘密裏に探していたのが嘘みたいに受け入れられていて、嬉しいと思う反面で俺は内心頭を抱えまくっていた。
「総一郎。みんな優しい、ね?」
「……あぁ」
もう一度俺を見上げてから。
咲蓮は嬉しそうに、俺の腕に自分の顔を擦り付ける。
良い匂いがした。
でもその幸せを実感するよりも、胸のドキドキの方がはるかに上回っていて……。
「……なあ、咲蓮」
「どうしたの?」
俺はどうにか、せめてみんなの前では控えてほしくて小声で咲蓮に話しかける。
「……放課後、大事な話があるんだ」
「……! うん、分かった」
もちろんそんな大事な話は朝の教室では出来ない事なので、時間を改める。
俺としてはこれからの学校での立ち振る舞いを真剣に考えたいんだけど……。
何故か咲蓮は俺の言葉に目を輝かせ、もっと腕にぎゅっと抱きついてきたんだ。




