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いつもクールで完璧美人な孤高の狼姫が、実は寂しがり屋で甘えん坊な子犬姫だと俺だけが知っている  作者: ゆめいげつ
第四章 狼姫の好きラッシュ

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第75話 「狼姫と、寝顔」

 ――コンコンと、ノックの音が二回する。

 俺が二階にある咲蓮の部屋の扉を叩いた音だ。

 だけどしばらく待っても返事が無く、ノックの音も既に消えている。

 色々な意味で騒がしくしてしまった一階での出来事が嘘のように、俺の溜息がハッキリと響き渡っていた。


「まさか……本当に咲蓮の、母さんだったなんて……」


 扉の前で俺はこめかみに手を当てる。

 ずっと小さな違和感があったし、咲蓮に兄弟姉妹がいたなんて話は聞いた事が無かったから完全に俺の勘違いというか思い込みだったけど、それにしたって若すぎた。

 あんなの気づける訳が無いだろう。

 何せ咲蓮の母親、早霧さんは見た目が完全に大学生のお姉さんなのである。

 俺と同い年な咲蓮の年齢を考えると、法律的な範囲ならなら最速でも三十代後半だろう。いや、もしかしたらもっと若い可能性もゼロではないかもしれないが、そうなると咲蓮の家庭環境がとんでもなく複雑になってしまう。

 普段の咲蓮を見ていると、確実に健やかに愛を持って育った感しかないのでそれもほぼ絶対にあり得ないと思うし。


 まあどっちにしたって、三十代前半の見た目では絶対に無かった。


「めちゃくちゃ表情豊かだったし、それが若さの秘訣なのか……?」


 なんて、考えたりもする。

 いつも天然のポーカーフェイスを決める咲蓮とは完全に正反対の母親だった。

 もしかしたら早霧の父さんはすごく仏頂面で、咲蓮は父親に似たのかもしれない。


 ……いずれ会うとしたら、本気で覚悟を決めておいた方が良いのか?


「って、そんな馬鹿な事考えてる場合じゃないか……」


 今日の目的は、咲蓮のお見舞いである。

 それを一時的に忘れさせた早霧さんは非礼を詫びた俺に大笑いしながらまた親指を突き立てて二階へと招待したので、もうこの場所にはいない。

 だから一人になった俺はもう一度、咲蓮の部屋をノックした。


「咲蓮、起きてるか?」


 ――コンコン。

 また、ノックの音が響く。

 だけどやっぱり返事は無かった。


「…………入るぞ?」


 失礼を承知で、俺はドアノブに手をかける。

 早霧さんから返事が無かったら寝てるだろうから勝手に入って良いよ、と許可を頂いているからだ。

 とは言え女子の部屋に勝手に入って、もし着替え中とかだったら大変な事になってしまう。

 俺はもし咲蓮が起きていて気付いたそれに気づいた時にすぐ声に出したり行動できるように、ゆっくり、ゆっくりと扉を押していった。


「…………」


 扉を開いたら、咲蓮が着替えていた……何て事は無かった。

 可動域限界まで押して開いた扉。

 その奥には咲蓮の、好きな女の子の自室が広がっていた。

 それはまるで、夢みたいな景色だ。比喩ではなく、本当に夢のよう……。


 部屋の奥と右側に窓がある明るい部屋。

 フローリングの床には薄い寒色のカーペットが敷かれていて、柔らかさと涼し気な印象を受ける。その中心にはガラス製で背の低い丸テーブルがあって、ここで幼馴染の朝日ヶ丘先輩と座っているんだろうなと想像する。

 開いた扉の左側には大きな姿見の鏡があった。

 その横にはいつも見る学生服がかかった衣装ラックが置かれている。咲蓮が着ていない咲蓮の制服をマジマジと見るというのも、何かとても背徳的な何かを感じたので視線をすぐに逸らした。

 右側の窓に背を向けるように左側の壁に沿って大きな勉強机が置かれ、当たる前だが咲蓮の私物が並んでいた。


 そして、部屋の奥にはベッドが一つ。

 部屋の入り口からでも、そこで咲蓮が寝ている姿が見えた。

 これだけでも日常を抜けて非日常に入り込んだようだが、それだけなら俺は夢みたいな景色なんて言わない。


「ぬいぐるみ……何匹いるんだ……?」


 今まで見た部屋のいたるところに、大小さまざまな動物のぬいぐるみが並んでいたのである。

 カーペットや丸テーブルの上にも、窓の僅かな縁にも、衣装ラックと姿見の間にも、勉強机の上にも、ベッドの上にも、大勢のぬいぐるみがそこにいた。

 まるで咲蓮が、本当にぬいぐるみの国のお姫様で部屋にいるぬいぐるみ達はその国の住人のような……とんでもなく可愛らしくて、ファンシーな部屋だった。


 あんなに表情豊かで愛情たっぷり注いでくれそうな母親と、この部屋の様子を見れば、そりゃあ甘えん坊に育つよなぁと納得する。


「お、お邪魔します……」


 それはそれとして、俺の緊張が増した。

 咲蓮だけかと思っていたら、ぬいぐるみという大量の同居人がいたからである。

 そんな事は無いのに、ぬいぐるみ達に見張られているような気がして、思わず右手と右足が同時に前に出てしまった。

 スリッパを脱ぎ、部屋の中へ。

 フローリングからカーペット、丸テーブルを抜けてベッドの前に立つ。

 そこでようやく一息ついて、エアコンが風を送る音に気付いた。

 適度に冷房の効いた部屋は心地良く、沢山のぬいぐるみに囲まれて寝ている咲蓮は気持ち良さそうに目を閉じていたんだ。


「……昨日の夜ぶりだな」


 その寝顔を見たら、今までの緊張や疲れがドッと抜けていく。

 ていうか俺の身体から力という力が抜けた、脱力状態になっていくようだった。

 あれだけ心配して、申し訳なく思っていたのに、気持ちよさそうに眠っているその寝顔を見たら、何を話そうかと考えていたものも全部忘れてしまう。


「すぅ……すぅ……」

「寝ている時の方が、表情豊かなんじゃないか?」


 本当に気持ちよさそうに眠っていた。

 大勢のぬいぐるみに囲まれて、それはもう眠り姫のように姿勢正しく眠っている。

 いつも無表情か小さく微笑むぐらいだから、その寝顔はとても新鮮なものだった。


「ネットカフェでも、ちゃんとした寝顔は見てないしな」


 俺はデートの時を思い出す。

 一緒に寝たって、抱き合っていたら顔は見れないのだ。


「はぁ……」


 ついには立っているのも億劫になり、俺はベッドの前で膝をつく。

 流石にベッドの上に腰を掛けるのは駄目だと思ったので、横から咲蓮の寝顔を覗き込んだ。


「すぅ……すぅ……」

「……ゆっくり休むんだぞ? 来週末には、みんなで海に行くんだからな」


 気づけば俺の手が勝手に伸び、咲蓮の灰色の髪を撫でていた。

 手のひらに伝わる髪の滑らかさと体温。

 いつもよりほんの少しだけ熱く感じるのは、咲蓮と毎日のように抱き合っているからだろうか。


「早く元気になってくれ。元気にならないと、ご褒美もあげられないぞ?」


 悪戯に、俺は咲蓮の頭を撫でる。

 寝ている時なら何を言ってもバレないし、これぐらいはしたって良いだろう――。


「……むぅ。それは、困る」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!?」


 ――そう、思っていた。

 パチリと咲蓮が目を開いて、俺を見つめるまでは。

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