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いつもクールで完璧美人な孤高の狼姫が、実は寂しがり屋で甘えん坊な子犬姫だと俺だけが知っている  作者: ゆめいげつ
第四章 狼姫の好きラッシュ

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第72話 「狼姫と、幼馴染」

「じ、住所!?」

「そう! 住所っ! 咲蓮ちゃんのっ!!」


 朝日ヶ丘先輩は大きく笑う。

 その名の通り太陽のように明るい笑顔だったが、やってる事がやってる事なので俺は手渡された紙をつき返した。


「ま、マズいです! いくら生徒会長でもやって良い事と悪い事がありますよ!?」

「え? 何で?」

「何でって、個人情報じゃないですか! 咲蓮の!!」


 俺の言葉に、朝日ヶ丘先輩は大きく丸い碧眼をキョトンとする。


「未来、柳クンは真面目だから。勘違いしているんだよ」

「十七夜月先輩?」

「そのメモをよく見てごらん」

「……メモ?」


 どうしたものかと悩んでいると、横から十七夜月先輩が声をかけてきた。

 助け船と呼ぶには判断材料が少ないまま、俺はとりあえずその言葉に従う。

 朝日ヶ丘先輩が手に持っていた紙を確認してみると、ちゃんとした書類とかではなく丸い手書き文字で書かれた小さなメモ用紙だった。


「……これ、朝日ヶ丘先輩の手書きですか?」

「うんっ!」


 可愛い字だなと思った。

 書かれているのはめちゃくちゃ住所であり個人情報なので、何も可愛くないが。


「柳クンはね、未来が咲蓮クンの住所を秘密裏に学校からくすねて持ってきたと勘違いしているんだよ」

「あー、そういう事!」

「えっ……違うんですか?」

「違うよー! 流石の私だってそんな事しないし出来ないよぉっ!!」


 朝日ヶ丘先輩はプンプンと怒った。

 何て表現して良いか分からなかったのだが、プンプンと怒ったとしか言いようがないぐらい可愛らしく怒ったんだ。


「……俺はてっきり、生徒会長の特権で住所を手に入れたんだと思ってました」

「もー! そんな権力無いってばー! やれて健康診断や身体測定のデータを見れるぐらいだよー!」


 本気で怒っていない朝日ヶ丘先輩が、朗らかに笑う。

 もちろんそれはそれで個人情報の塊なので、何も可愛くはなかった。


「えっと、じゃあどうして朝日ヶ丘先輩が咲蓮の住所を知ってるんですか?」

「だって私と咲蓮ちゃん、幼馴染だし」

「え?」

「え?」


 今、何と?


「未来と咲蓮クンはね、子供の時から家族ぐるみで仲が良い幼馴染なんだよ」

「そっ、そうなんですか!?」

「もー、莉子ちゃんそれ私のセリフー!」

「はっはっはっ! ごめんごめん。ボクも柳クンの驚きに飢えていてね」


 そんなものに飢えないでほしい。

 だけどまさか、咲蓮と朝日ヶ丘先輩が幼馴染だったなんて……。


「じゃあ、次の生徒会長に咲蓮を推しているのも?」

「流石にそれだけじゃないよー? 学業や人間関係、普段の生活を全部加味した上でちゃんと判断してるよ! まあ、昔から知ってるっていうアドバンテージはかなり大きいけどねっ! 色々と相談に乗ってるし!」


 頭空っぽに見えて、ちゃんと考えている生徒会長だった。

 確かに今の二年生の中から次の生徒会長に相応しい人間なんて、咲蓮を除いて他にいないだろう。


「と言う訳で咲蓮ちゃんの幼馴染の私から総一郎くんに、咲蓮ちゃんの家の住所を贈呈いたします!」


 まるで体育館の壇上で賞状を渡すかのように、朝日ヶ丘先輩が両手で小さなメモを手渡してくる。


「い、良いんですか……?」


 だけどやっぱり、俺は引け目を感じてしまった。

 いくら幼馴染だと言っても、勝手に人の家の住所を教えてもらうのはマズいのだ。


「安心して。ちゃんと話は通してあるから!」

「は、話……? 誰にですか……?」

「咲蓮ちゃんの事、好きなんでしょ?」

「はいっ!?」


 俺の質問には答えず、朝日ヶ丘先輩は質問を質問で返してくる。

 その大きな碧眼が、真下から俺を覗きこんだ。


「何で、急に……」

「私は咲蓮ちゃんじゃないから」


 綺麗で透き通ったその瞳に、邪念は一切ない。


「それ、は……」

「総一郎くんの気持ちで、正直に答えて」


 真っ直ぐと、俺の真意を確かめる為の、本気の瞳だった。


「…………好き、です」


 その瞳に見つめられて、誤魔化す事は不可能だった。

 だけど絞り出した俺の声はどんどん小さくなっていく、情けない告白だった。


「うんっ! よく言った総一郎くん! 今度はちゃんと、咲蓮ちゃんに言ってあげてねっ!!」

「痛っ! いったっ!?」


 自信の無いその回答に朝日ヶ丘先輩は喜び、バシバシと俺の背中を叩いてくる。

 小柄なのに力はかなり強く、普通に痛いと感じるレベルだ。

 どこにそんな力があるんだろうか?


 だけどこの痛みは心地良いと言うか、少しだけ……ありがたい痛みだった。


「えっと……その、朝日ヶ丘先輩。ありがとう、ございます……」

「うん! 叩かれるの、気持ちいいもんね!」

「そっちじゃないです」


 そういう意味で言ったんじゃないし、同族にしないでほしい。

 可愛らしくて良い笑顔なのに、好感度というか尊敬度が乱高下しまくっている。


「メモ、頂戴いたします。今から咲蓮のお見舞いに行ってきても良いですか?」

「もちろん! 咲蓮ちゃん、きっと喜ぶよぉ!!」

「ボク達の事は気にしないで良い。もとより今日は、そのつもりだったからね」

「……ありがとうございます」


 頼りになる先輩二人は揃って笑みを浮かべ、俺は大きく頭を下げた。

 そうして受け取った住所の紙を握りしめながら背を向け歩き、風紀室の扉に手をかける。


「あっ! 総一郎くん!」


 扉を開いた俺の背中に、朝日ヶ丘先輩が声をかけた。

 振り向くと、朝日ヶ丘先輩は来た時から変わらない満面の笑顔で――。


「それはそうと足がつくとマズいから、ちゃんとメモは処分してねーっ!!」

「…………」


 ――今までのやり取りが全部台無しになる、アドバイスをくれたんだ。

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