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いつもクールで完璧美人な孤高の狼姫が、実は寂しがり屋で甘えん坊な子犬姫だと俺だけが知っている  作者: ゆめいげつ
第四章 狼姫の好きラッシュ

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第70話 「狼姫と、彼氏彼女」

 朝、変わらない教室の風景。

 窓際一番端の席に座る俺は、正直気が気では無かった。

 それもこれも昨日クラスメイトで新ファンクラブ設立者の女子、南に俺と咲蓮が腕を組んでお泊りセットを買いに行った所を見られてしまったからである。

 見られたと言うか、薬局でアルバイトをしていた南にガッツリとレジ打ちをされたので物的証拠もバッチリだ。

 南は秘密にしてくれると興奮しながら言ってくれたが、その興奮が一番の不安材料だった。


「うぇへっ、うぇへへへへ、えっへっへへへ……」

「しおり……今日どうしたのアンタ?」

「ずっと気持ち悪い笑いしてるじゃん」


 その南は、教室真ん中付近の自分の席に顔を伏せ、だらしなく笑い続けていた。

 それを見かねた仲良し三人娘の残り二人が心配そうに、そして辛辣に頭上から声をかけている。

 南がああなっている原因は間違いなく俺と咲蓮にあるのだろう。

 だからこそ、南が昨日の事を言い出さないか俺は気が気では無かったんだ。


「幸せって……急に訪れるんだぁ……」

「え? 何の話?」

「急にスピリチュアルな事言うじゃん……」


 南は微笑みながら、トリップしている。

 それに二人は困惑しているようだった。

 いつもは三人の中で南が一番最後に喋るのに、幸せのせいで今日は完全に主導権を握っていた。


「ここ最近、私は幸せの絶頂だよ……」

「あー、そういう事?」

「昨日何かあったんだね」

「っっっっっ!!??」


 昨日、という不意打ちの言葉に俺は激しく動揺する。

 だけど声はギリギリ出なかったので離れた席に座る俺が気づかれる事は無かった。

 どうする? 俺が行って誤魔化すべきか?

 いやそれは変だろう。

 咲蓮がいないのにわざわざ俺がファンクラブ三人娘の間に入って急に話題を変えるのは、明らかに変だ。


「おーっす! おはようさん! 今日もあちーな!」


 俺の胸の鼓動が緊張で高鳴っているそんな時、教室の扉が勢いよく開き、やたらうるさく元気な声が響き渡った。

 この夏の空のように能天気な声を出す人物は、クラスのムードメーカーことバスケ部男子である。


「あっ! 山川(やまかわ)! アンタちょっと!」

「しおりどうにかしてよー」

「おおぉっ!?」


 すると変に目立っていたせいか、バスケ部男子はファンクラブ二人に捕まった。

 俺の中で完全にバスケ部男子で定着していたが、コイツの名前は山川である。

 バスケ部の助っ人でダンクを決めてからずっとバスケバスケと執着してきていたが、それ以前も出席番号が、柳、山川で連続しているのでよく絡んでくる奴だった。


「何だ急に何で俺っ!?」


 やかましい奴だが、そのやかましさが今は救いになるかもしれない。

 隙を見つけたらすぐに喋り出す奴なので、南や他二人の気を引いてくれるだろう。

 教室に来て早々いきなり連行された山川に、女子二人が詰め寄った。


「何でって、彼氏でしょアンタ!」

「そーだそーだ。彼女が幸せに酔ってるんだから何かしたんでしょー」


 頑張ってくれ山川。

 理由は無くても目立ってしまったのだから、例え彼氏だとしても……。


 ……ん?


「彼氏っっ!!??」

「うわあ! びっくりしたっ!?」

「柳の声デカすぎ」

「おっす柳! お前のよく通る声、今日もバスケに向いてるな!」


 突然聞こえてきたその単語に、俺は思わず反射的に叫んでしまった。

 それは三人だけじゃなく、他のクラスメイト達の注目も集める。

 だけど今はそんな事どうだって良かったんだ。


「や、山川……お前、彼氏って……?」

「ん? ああ、しおりの事か?」

「んへぇらぁ……」

「お、おぉ……!?」


 俺は立ち上がり、ゆっくりと近づく。

 すると山川はキョトンとした様子で、机に伏せてとろけている南の頭を当然のように撫でていた。

 それにより俺の混乱はどんどん加速していく。


「大きな声出したとおもったら変な顔までして……柳までおかしくなった?」

「い、いや山川が彼氏って!」

「そりゃあ付き合ってるから、彼氏だろ?」

「そ、そうなのか!?」

「いやいや、見たら分かるでしょー」

「分からないがっ!?」


 三人が何言ってるんだコイツみたいな目で俺を見てくる。

 何だ? 俺がおかしいのか? 俺がおかしいのかこれ?


「や、山川……お前、いつから、その……つ、付き合ってるんだ? バスケ一筋の、お前が……」

「んー? 付き合いだしたのは柳と狼姫が実は風紀委員同士で仲が良くて、下の名前で呼び合ってるって知ったちょっと後だぜ? 前にバスケの助っ人をしてくれた時から南も柳の凄さに気づいてよ、俺とちょくちょく柳談義で盛り上がってたら意気投合しちゃってさ! 俺達が推してる二人にあやかって、俺としおりも付き合おうってな!」

「そ、そんな軽いノリなのか……?」

「軽いか? だってお互い好きだしなぁ。話も合うし、何より一緒にいて楽しいし」

「…………」


 あっけからんと、山川は言う。

 俺はその言葉とその態度に、激しい衝撃を受けていた。

 好きって、告白って、付き合うって、もっとこう、段階を踏むものじゃないのか?


「ま! 何で驚いてるか分かんねぇけど感謝してるんだぜ柳! 狼姫とお前のおかげで、こうして南と仲良くなれたんだからな!!」


 そんな俺の心境なんて気にしないかのように、山川は明るく笑う。

 だけど俺はそれが衝撃的過ぎて、朝のホームルームが始まって担任の先生が告げるまで、咲蓮が教室に来ていない事に気づかなかったんだ。

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