第68話 「狼姫と、お泊り準備」
七月にある三連休で、俺達は十七夜月先輩の家が所有しているというプライベートビーチに遊びに行く事になった。
しかも、一泊二日で。
つまりそれはお泊りという奴で、しかもそれが俺以外女子しかいないとなれば取れる選択肢は非常に限られていて――。
「総一郎とお買い物、嬉しい」
「……付き合わせて悪いな」
――夜、俺と咲蓮はその足で薬局に来ていた。
理由は当然、この前のデートが外遊初体験だったのに泊まりともなれば何を用意して良いか分からないからだ。
外泊なんて、それこそ中学三年にあった修学旅行ぐらいだろう。
だから俺は、部活の助っ人が終わりいつものご褒美を済ませた後、咲蓮に頼み込んで一緒に薬局へとやって来たんだ。
「ううん。今日は総一郎と長くいれて、お得」
「……そうか」
そう言う咲蓮は今、ガッチリと俺の腕を抱いている。
この前のデートならともかく、今は下校の途中でありお互いに制服姿だ。
また不純異性交遊と疑われてしまったら一発でアウトなのだが、付き合ってもらっている立場上強くは言えなかった。
「と、とりあえず歯ブラシ……で良いんだよな?」
「うん。行こっ」
とりあえずの次は何も知らない。
これで俺の手札は使い果たしたが、薬局の中に入ってすぐのところでカゴを持ちながら腕を抱かれて立ち止まっている訳にもいかないので歩き出す。
動く度に俺の腕を伝って咲蓮の柔らかな感触が伝わってきて、俺の頭は早くも爆発寸前だった。
「お泊り。楽しみだね?」
「あ、あぁ……! た、ただちょっと急過ぎるが……」
「うん。莉子先輩は凄い」
「確かに……プライベートビーチって、凄いよな」
「うん。凄い」
会話に中身が無さ過ぎる。
歯ブラシコーナーまでの短い通路での会話は、ある意味でデートの時よりも緊張していたかもしれない。
「は、歯ブラシコーナー、着いたな……」
「うん。いっぱいあるね」
そんな流れで最初であり最後の目的地である歯ブラシコーナーに着いてしまった。
こんな雰囲気で良いのかと自問自答しつつも、これはデートではないので大丈夫だと思うと自分の心に言い聞かせた。
「……この透明なケースに入ってるトラベルセットみたいなやつで良いんだよな?」
「うん。歯ブラシの毛の硬さは、総一郎がいつも使ってるものと一緒が良い」
「まあ、わざわざ違う硬さにする必要ないもんな」
それはそうと俺は分からない事だらけなので早速咲蓮に聞く。
咲蓮は頷き分かりやすく答えてくれたので、俺は『かため』で柄が青色の歯ブラシを手に取り買い物カゴに入れた。
「じゃあ、私も」
すると咲蓮も、その横にあった『やわらかめ』で柄がピンク色の歯ブラシを手に取って一緒のカゴに入れる。
「総一郎と、お揃いの歯ブラシ」
「……だ、だな」
深い意味は無いのだろう。
ただよくよく考えてみると好きな人と一緒の生活用品を使っているって、中々に凄い事をしているんじゃないかって思えてきた。
「そ、それで次は……な、何が必要なんだ……?」
「えっと。莉子先輩、歯ブラシ以外のアメニティは大丈夫って言ってくれたから……こっち」
「お、おう……」
咲蓮が俺の腕を引いて薬局の中を進んでいく。
アメニティという言葉に馴染みが無さ過ぎて雰囲気でしか伝わってこないが、咲蓮と十七夜月先輩が言うのなら大丈夫なのだろう。
「着いた、ここ」
「……スキンケア?」
そんな情けなさしか無い俺が咲蓮とやって来たのは、より馴染みが無いスキンケアコーナーだった。
何て言うか、全体的にキラキラしている。
いや薬局はどこも清潔感に溢れていて明るいのだが、自分に馴染みが無さ過ぎる場所はより輝いて見えたんだ。
居づらいとも言う。
「うん。海だから、日焼け止めから何まで必要なものは全部ここで手に入る」
「す、凄いな……これも、お泊りセットみたいなやつを選べば良いのか?」
「総一郎、初めて?」
「……恥ずかしながらな」
「じゃあ、私が教えてあげる」
「…………助かる」
咲蓮と一緒に来てよかった。
経験の無い俺にとって今の咲蓮がどれだけ心強い存在なんだろうか。
言葉足らずなせいで変な意味にも聞こえてしまうが、これは健全なスキンケアの話なので大丈夫だ。
健全なスキンケアって何だって話は置いておくものとする。
◆
「とりあえず、これだけあれば大丈夫」
「お、おぉ……」
満足気な咲蓮。
そして買い物カゴはかなり埋まっていた。
日焼け止め等のスキンケア用品が大半を占めていて、お泊りセットではなくて咲蓮のおススメセットになったからだ。
何が違うかはさっぱりだが、セット商品よりも咲蓮が選んでくれたものの方がパッケージの豪華さから凄そうな気がする。
「色々と、ありがとな」
「ううん。総一郎の役に立てて、嬉しい」
「……おう」
そう言って、咲蓮は微笑む。
面と向かって言われるととても恥ずかしく、俺は思わず視線を逸らした。
何気ない会話、何気ない日常なのにドキドキしっぱなしである。
俺も咲蓮にこの恩を返したいと思うが、これ以上俺に何が出来るのだろうか?
「じゃあ、会計するか」
「うん」
今すぐには思いつかない。
だからとりあえずは会計を済ませて、家に帰ってから考えよう。
そう思いながら俺は咲蓮と一緒に買い物カゴを持ってレジへと向かい――。
「次の方どう……さ、サレン様!? それに柳さんまで!?」
――レジ打ちをしていた、咲蓮ファンクラブのクラスメイトと出会った。




