第7話 「狼姫と、人気者」
俺の隣の席には秘密を共有している咲蓮がいる。
席替えが終わり、新しい席での授業は常にドキドキしっぱなしだった。
しかしそんなドキドキは杞憂に終わり、授業と授業の合間の短い休み時間となる。
「良いなぁ、柳。窓際一番後ろで狼姫と隣なんて最高の当たりじゃんかよ」
「何だ、藪から棒に」
次の授業の準備をしていると、最近何かと絡んでくるバスケ部男子のクラスメイトが俺に話しかけてきた。
「そうよそうよ! その席は、六と九が逆なら私の席ぃぃぃ……」
「まあまあ。柳なら男子でも無害だから大丈夫でしょ」
「あ、あの! この前のバスケのシュート、凄かったです……!」
「ん? あぁ……」
するとそれに便乗してか、咲蓮ファンクラブ代表の三人娘が話しかけてくる。
トップバッターの女子は呪詛のような言葉で嘆き、その隣の女子は冷静に心外な事を言い放ち、一番最後の女子は何故か俺を褒めてきた。
「だよなぁ! やっぱり柳は風紀委員なんかよりバスケ部に入るべきだよな!」
「なんかとは何だ、なんかとは」
「そ、そうですよね! あのダンクシュートは、永久保存ものでした!」
「俺の話を聞いてくれ」
咲蓮の話題だったのに、何故か俺の話で盛り上がり始める。
教室の一番端がワイワイと賑やかになっていき、席替えによる新しいコミュニティが誕生しそうだった。
「柳くん。賑やかだね」
するとそこに、咲蓮が帰ってきた。
トイレにでも言ってきたのか、いつもの無表情ながらに無地で薄水色のハンカチを手に持ったまま、周りのクラスメイト達は気にせず俺に話しかけてくる。
「あっ、赤堀か……。悪いな、騒がしくて」
「サ、サレン様!? す、すみませんお邪魔でしたね!」
「今すぐ退きまーす!」
「じゃ、じゃあ柳さん……また!」
「おっ、何か流れっぽいし授業始まるから俺も戻るわ。邪魔したな柳と姫ちゃん!」
咲蓮の登場によって、ファンクラブ代表娘達は一目散に自分の席へと戻っていき、便乗してバスケ部男子も戻っていった。
「人気者なんだね」
「いや、それは……」
お前が、と言おうとしたが無駄だった。
咲蓮は気にしない様子で空いた自分の席に座り、黙々と次の授業の準備を始める。
「……むぅ」
赤堀咲蓮は孤高の狼姫と呼ばれているが、実は寂しがり屋だ。
実際は自分のファンだったり、俺を羨む男子が集まっていただけなのだが自分がいない時に盛り上がっていて少し拗ねているような気がする。
それもこれも先日聞いた『他の子に嗅がせちゃ駄目』という言葉のせいだ。
普通じゃ絶対に聞かないその言葉は、あの日以降も俺の頭に残り続けている。
それに朝の歩道橋での一件もあり、日に日に咲蓮を意識する理由が増えていった。
「あっ」
「んっ?」
すると不意に、咲蓮が小さく呟いた。
隣にいる俺にしか聞こえない程の小さな声に視線を向けると、咲蓮は無表情で何かを考えているように見える。
「どうした、赤ほ」
「柳くん」
どうしたんだと、小声で彼女に話しかけようとした。
しかし咲蓮は俺の言葉を遮ってよそよそしく俺の苗字を呼び、こう告げる。
「教科書。忘れちゃった、見せて?」
「…………マジか」
席替えをし、ある意味で注目が集まるこの状況で。
誰もが認める完璧で孤高の狼姫は、俺が返事をする前に机をくっつけてきた。