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いつもクールで完璧美人な孤高の狼姫が、実は寂しがり屋で甘えん坊な子犬姫だと俺だけが知っている  作者: ゆめいげつ
第四章 狼姫の好きラッシュ

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第65話 「狼姫と、好き嫌い好き」

「つ、疲れた……」


 放課後。

 誰もいない風紀室で俺は大きな溜息を吐いた。

 それもこれも朝から咲蓮が水着を渡してきたことから始まり、誤解を招く発言をした上に一日中俺にべったりだったからである。

 いつもなら休み時間や移動教室の時はファンクラブ三人娘が囲むのだが、今日はそれよりも早く咲蓮が俺に絡みに来ていた。

 

 そのせいで誤解は進みに進み、放課後に廊下を歩いている時でさえも知らない上級生からヒソヒソと噂をされたぐらいだ。


「なんだって咲蓮は、あんな事を……」


 俺の呟きは風紀室の静寂に消える。

 自分で疑問を口にしたのだが、その理由は分かっていた。


 デートでの好きという言葉と、俺の大嫌いという言葉。


 最近は言わなかったのに、久しぶりに言ってしまったせいでそれが咲蓮の琴線に触れたのだろう。

 俺が咲蓮の事を本気で好きになってしまっているように、咲蓮も俺に対する感情が変わっていないとも限らない。

 あの冬の時よりも進んだ関係で、大嫌いという言葉は劇薬だったんだ。


「この後、いつものご褒美もあるしな……」


 咲蓮は今日も部活の助っ人に行っている。

 俺は風紀委員の活動こそないが、風紀委員長である十七夜月先輩に呼ばれているのでここで時間を潰そうと思っていた。

 だと言うのに十七夜月先輩の姿は見えず、こうして今日一日の事を振り返って落ち着くと同時に大きな溜息をついていたのである。


「あっ、十七夜月先輩お疲れ様で……」


 その時だった。

 ガチャッと風紀室の扉が開く音がして、俺は入り口に視線を向ける。

 風紀委員の活動も無いので、条件反射で十七夜月先輩だと決めつけた言葉は。


「あれ? 総一郎だ」

「さ、咲蓮っ!?」


 ここには来ない筈の咲蓮の登場で、引っ込んでしまったんだ。

 部活の助っ人に行っている筈なのに。

 だけど咲蓮はポロシャツとハーフパンツ姿で、きっとそのまま来たのだろう。

 でも、どうして今ここに……。


「総一郎も、莉子先輩に呼ばれたの?」

「……も、って事は咲蓮もか」

「うん」


 咲蓮が俺に近づきながら頷く。

 どうやらその答えは今この場にいない十七夜月先輩のせいらしい。

 しかし十七夜月先輩は個人チャットで来てくれと言っていて、咲蓮が来る事は何も教えてくれなかった。


 何を考えているんだろうか、あの人は。


「テニス部の子たちにね、総一郎の事。たくさん聞かれた」

「て、テニス部に……? そうか、今日は女子テニス部か」

「うん。みんな、総一郎の事が好きだから」

「……俺じゃなくて、咲蓮だろ」

「違うよ。総一郎が頑張ってるの、みんな知ってる」

「…………」


 これだけは分かる。

 この場合の好きは恋愛的な意味では無く、人としての好きだろう。

 そんなのは、朝のクラスメイト達の反応を見れば一目瞭然だった。

 そうじゃなければ、孤高の狼姫と良い仲になっているのを応援される筈が無い。


 自惚れとまではいかないがそうだと自覚していて、嬉しさが当然込み上げてくる。

 けれどそれ以上に咲蓮がこの事を分かってくれている事が本当に嬉しかったんだ。


「だから。私も、好き」


 そして更に一歩。

 咲蓮が距離を詰めてきた。

 正面ではなく、隣に立つように。

 朝と同じように、俺の肩に頭を乗せながら言う。


「……俺は、嫌いだ」


 だけど俺は、こう言うしかないのだ。

 いくら胸が痛んでも、こう言うと宣言してしまったから。


「うん。でも、私は好き」


 それは当然、咲蓮も理解している。

 けれど今日は、好きと言う言葉が止まらなかった。


「……嫌いだ」

「好きだよ?」


 俺が言えば、咲蓮も返す。

 そのせいで嬉しさと苦しさが同時に襲ってくる。

 俺も好きだと言えたらどれだけ楽になれるだろうか。

 だけどそれは俺自身もそうだが、咲蓮への裏切りにもなってしまう。


 だから俺は、咲蓮に嫌いと言い続けるんだ。


「俺は、咲蓮が嫌いだ」

「私は、総一郎が好き」

「それ以上に、俺は嫌いだよ」

「それよりも、私は好きだよ」

「なら俺は大嫌いだ」

「じゃあ私は大好き」

「世界で一番大嫌いだ」

「宇宙で一番好きだよ」


 好きと嫌いの応酬が、無限に続く。

 一つ言葉を紡ぐたびに、咲蓮が身体をどんどん預けてきたんだ。

 俺はそれを避けず、受け入れながら言葉を続ける。


 咲蓮との約束を、守る為に。


「……そういう所が、嫌いだ」

「……そういう所が、大好き」


 いつまでたっても終わらない問答。

 険悪になるよりも、むしろ空気が和んでいくようだった。

 最初はあんなに苦しかった言葉も、言えば言うほど夢中になっていって――。


「ふ、風紀室で特殊なイチャイチャはやめた方が良いと思うよぉっ!?」

「な――」

「あっ、未来先輩」


 ――何故かいる朝日ヶ丘先輩が顔を真っ赤にしながら、俺と咲蓮のやり取りを見ていた事に気づかなかったんだ。

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