第64話 「狼姫と、匂わせの匂い」
「さ、サレン様! やっぱりデートで何かあったんですか!?」
「当たり前に自分のバッグから水着を差し出すなんて、なんて匂わせですか……!」
「匂わせって言うか、直接的過ぎますよぉ……!!」
キャーキャーとファンクラブ三人娘が黄色い歓声を上げていく。
その勢いはとどまる所を知らず、教室全体の雰囲気を乗っ取るには十分すぎて。
「匂わせ? すんすん……うん。総一郎の匂い、いつも通り」
「さ、咲蓮っ!?」
『キャーーーーーーーーーッッ!!』
そこに拍車をかけるように、咲蓮が俺の胸元に顔を近づけて匂いを嗅いできた。
いつものように。
そう、いつものように。
教室で、みんなが見ている前で……だ。
「さ、さささささサレン様っ! い、今のはっ!?」
「や、柳の胸元に顔を押し付ける勢いで何をっ!?」
「き、距離が近すぎてえっち! えっちですっ!!」
三人娘が興奮で大爆発している。
訂正しようにもテンションの差があまりにも大きく割って入れる気がしない。
それでも咲蓮はものともせず、涼しい顔で首を振って。
「違う。えっちなのは、総一郎の方」
「何言ってるんだ!?」
『キャーーーーーーーーーッッ!!』
更なる燃料を投下したんだ。
当然それによって爆発は更に増していく。
「えっちって、二人の間で何が!?」
「会則を、会則を書き換えないと……!」
「安心してください! こんな事もあろうかと先月からサレン様と柳さんの行く末を影ながら応援して見守ろうの会への会員移行率は百二十パーセントです!!」
「わ。人増えたんだ、流石総一郎」
「…………」
安心出来ないし、流石でも何でもなかった。
知らない間に咲蓮のファンクラブに俺が追加された新しいファンクラブが始動していて、しかも人数が増えていると言う。
俺が影で咲蓮を応援する立場だったのに、俺が応援される側になっていた……?
「ま、柳の凄さに最初から目を付けてたのは俺だけどな! 新会員ナンバー一桁の座は伊達じゃないぜ!」
「ここぞとばかりに出て来るんじゃない黙ってろ!!」
さっきから黙っていたバスケ部男子が急にドヤ顔をかましてくる。
奴は制服の胸ポケットからプラスチックで作られた小さなカードを取り出した。そこには少し前にこの教室で撮影された、風紀委員の腕章を付けて並ぶ俺と咲蓮のツーショットが印刷されている……。
風紀委員権限で今すぐにでも没収してやりたかった。
「うん。総一郎は、すごい」
「お! 狼姫、やっぱ分かってるな!」
「そうですね柳さんはすごいですよ!」
だけど俺の話題になった瞬間に咲蓮がそれに乗ってきた。
そこに便乗するのはバスケ部男子と三人娘の一番大人しそうに見えて一番アグレッシブだった少女である。
咲蓮の話題ならともかく、俺の話題でワイワイしないでくれ頼むから……!
「くぅ……サレン様が嬉しそうに語るのは幸せだけど、アタシが柳本人ならもっと幸せだったのに……!」
「性別どころか存在まで変わっちゃってるから無理でしょ…。それで、サレン様? デートはどうだったんですか? その、柳の水着を持ち帰るぐらいのその……進展があったようですけど……」
「うん。あった」
仲良し三人娘の中でいつも一番槍な元気娘と、咲蓮に影響されてボーイッシュで冷静な長身女子がそこに加わる。
すると咲蓮は、いつもより上機嫌に、そっと口元を緩めて――。
「一緒に寝るの、すごく良かった」
――自分の頭をポンと、俺の肩に乗せてきたんだ。




