第63話 「狼姫と、忘れ物」
「はぁ……」
「どうした柳? 朝から辛気臭い溜息なんてついて……バスケするか!?」
週明けの月曜日。
俺は教室で一人、大きな溜息を吐いていた。
その原因はもちろん、デートの最後に俺が咲蓮に言ってしまった大嫌いという言葉である。咲蓮にこの言葉を言ったのは初めてではないのだが、それでも心に来るものがあった。
……いや、来るものしかなかった。
そのせいで土日はひたすら自己嫌悪に陥っていて。
普段は家で余計な事を話さない親父まで心配してきたぐらいだ。
そんな俺が月曜日になって急に気分が変わる訳でもなく、咲蓮と会うのが気まずいと思ってる矢先……いつものバスケ部男子が爽やかに現れたのである。
「バスケか……それも、良いかもしれないな……」
「えっ? ま、マジで!? 柳、やっとバスケする気になったのか!? 嘘じゃないよな……クソっ、スマホのボイスレコーダーアプリつけておくべきだった!!」
俺の反応が珍しかったのか、驚愕の表情に変わるバスケ部男子。
クラスメイト相手にボイスレコーダーなんて使うなよ、と言うツッコミすら俺はする気になれなかった。
咲蓮に対してどうしようもなく申し訳なく、どうしようもなく気まずいのだ。
「あっ、そう言えば柳! 狼姫とのデートはどうだったんだ!」
「いっ!?」
「そうよ柳くん! サレン様とのデートどうだったのよ!?」
「羨ましい……ああ、羨ましい……」
「や、柳さんはサレン様とどんなデートをなされたのですかっ!?」
「お前達までもかっ!?」
そんなタイミングで思い出したかのようにバスケ部男子がデートについて大声で聞いてくる。そこにどこから現れたのか咲蓮ファンクラブの仲良し三人娘まで現れた。
「そ、それはだな……」
いつも俺と咲蓮の机の周りに集まるメンバーが勢揃いだが、正直今日だけは勘弁してほしかった。
あんな言葉、デートの最後に言う言葉じゃ絶対にないからだ。
「わっ。今日も賑やかだね」
「さ、咲蓮っ!?」
そこに最悪のタイミングで咲蓮が現れる。
神様は俺に何か恨みでもあるんじゃないだろうか。
咲蓮はいつも通りクールでポーカーフェイス。俺があんな事を言ったのにケロッとしていて、キョトンとしている。
切れ長の瞳が周囲にいるファンクラブやバスケ部男子じゃなくてジッと俺だけを見つめていて、それが更に気まずさに拍車をかけていた。
「さ、サレン様! デート! デートはどうでしたか!?」
「具体的にはどんなデートだったんですか!?」
「や、柳さんと、な、何をされたんですか!?」
「わわわっ」
「勢いすごっ!?」
ファンクラブ三人娘が咲蓮に詰め寄り、その勢いにバスケ部男子が一瞬で負ける。
「あ、そうだった」
「サレン様?」
「お、お邪魔でした……?」
「柳さんに……?」
すると咲蓮は仲良し三人組をものともせず、何かを思い出したかのようにまた俺を見上げた。そのまま海を割るかのようにスタスタと三人の間を通り抜け、俺の目の前にやってきたかと思えば……。
「総一郎。ごめんね」
「な、何がだっ!?」
ただ一言、謝ってきたんだ。
それに俺の心臓が、爆発するんじゃないかってぐらいに跳ね上がる。
咲蓮が俺に謝る通りなんて無い筈だ。むしろ出来る事なら俺が謝りたい。
だけどそれは出来ないのだ。
ここが教室で、他に見ている人がいるからとかじゃなくて、俺は咲蓮に大嫌いだと言った事を決して謝ってはいけないのである。
――それが俺と咲蓮との秘密であり、約束だから。
「私のせい。総一郎に、迷惑かけちゃった」
「め、迷惑っ!?」
無い。
心当たりが本当に無い。
咲蓮が俺に迷惑をかけただなんて、ちっとも思っていない。
何度も言うがそれは俺の方で、だからこそ咲蓮が何を言ってるか分からなかった。
「嬉しかったから。ごめんね、忘れちゃってた」
「わ、忘れ……?」
何を忘れていたと言うんだろうか。
それに嬉しかったとは何なんだろうか。
俺と咲蓮を囲む仲良し三人娘やバスケ部男子が首を傾げているが、俺自身も分かっていなかった。
すると咲蓮は、肩にかけていたスクールバッグを開いて――。
「これ。私の水着と混ざって、一緒に持って帰っちゃった」
――男用の水着を、俺に渡して来たんだ。
「…………」
咲蓮が選んでくれた、狼のイラストが入った水着。
一緒に会計をして、咲蓮の袋に紛れ込んでいたであろう、俺の水着。
デートと最後の言葉で、完全に忘れていた俺の水着が今、教室で咲蓮のバッグから取り出されて、俺の手元に帰ってきて……。
「え、え……?」
「水着が、混ざる……?」
「や、柳さんの水着をサレン様が一緒に持ち帰る状況ってぇ!?」
それは盛大な、誤解の始まりだったんだ。




