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いつもクールで完璧美人な孤高の狼姫が、実は寂しがり屋で甘えん坊な子犬姫だと俺だけが知っている  作者: ゆめいげつ
第三章 狼姫のダブルデート

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第59話 「狼姫と、二人の時間」

「総一郎。総一郎。ジュース、持ってきた」

「あぁ。ありがとな、咲蓮」

「えへへ。一緒に、飲も?」


 咲蓮が扉を開けて、ジュースが入ったグラスを二つ持ってきてくれた。

 足の短い長机に置かれたジュースからは炭酸の泡がパチパチと弾ける音がする。

 それ以外の音は何もない。


 強いて言うのなら部屋の外で流れる店内BGMの音と、咲蓮が俺の隣に座りマットが揺れる音だった。


「悪いな。ジュース、取りに行かせて」

「ううん。水着買ってもらったから。私もお返ししたい」


 他にも何かお願いしてと言っているような視線だった。

 その姿は正に尻尾を振る子犬そのもので。

 俺を見上げる咲蓮の綺麗な顔に、また狼の耳が見えたのは言うまでもない。


「じゃあ、一緒に飲むか」

「うん」


 俺と咲蓮は大人の真似をして、グラスとグラスをぶつけ合う。

 割れるのを防止する為かグラスはプラスチック製だったので、音はコンッと軽い音だった。


「あ」

「どうした?」

「またストローで、一緒に飲めば良かった」

「ぶっ!?」


 咲蓮がシレっと真顔で言うので、俺は思わずジュースを吹き出しそうになった。

 あのカフェの馬鹿デカいパフェのグラスならともかく、普通のコップサイズのグラスでやったらそれはもう大変な事になるのが目に見えていたからである。


「あ、あれはまた……あの店で飲めば良いんじゃないか?」

「そう? じゃあ、また行こうね」

「だ、だな……!」


 あれ?

 何か知らない間にまたデートの予定が出来た気がするぞ?

 普通一回のデートで次のデートを決めるのが普通なんじゃないのか?


 もう次以降のデートが複数回組まれている気がするんだが……まあ、良いか。


「莉子先輩が言ってたし、泳ぐのも楽しみ」

「咲蓮は泳ぐのも速いからな、きっと先輩達も喜ぶぞ」

「えへへ。あ、そうだ。さっきの水着、ここで着る?」


 何を言うんだこの狼姫は。


「きっ、着なくて良いぞ!?」

「そっか。残念」


 残念!?

 確かにここは個室だけど、それってここで着替えるって事だよな?

 咲蓮は自分で言ってる意味を分かっているのだろうか。


 そもそもこんな個室で水着姿になられたら、俺は色々と耐えられない。


「…………」

「…………」


 ヤバい。

 話題が無くなってしまった。

 俺が一方的に着なくて良いと言い切ってしまったせいだ。


 咲蓮は孤高の狼姫と呼ばれているぐらいに普段はクールである。だから基本的には物静かで、忘れがちだけどあまり自分からは喋らない方なのだ。

 いつもは学校終わりのご褒美の時に話すので色々と話題はあるのだが、今日はデートでずっと話していたから話題が……。


 ……ご褒美?


「なあ、咲蓮……?」


 今は、完全に個室だ。


「なに? 総一郎」


 俺と咲蓮の、二人きり。


「その、咲蓮が、良ければなんだが……」


 ダブルデートで、初めて本当の意味で俺達だけの時間になった。


「うん」


 だから。


「……お互いに初めてのデートを頑張ったご褒美に。だっこ、するか?」

「する!」


 誰の目も気にしなくて良いんだ。

 そんな俺の問いに、咲蓮は今日一番目を輝かせた。

 猫カフェよりも、巨大パフェよりも、水着選びよりもキラキラと輝いている。


 そのまま前傾姿勢になり、今にも俺に飛びかかってきそうな勢いだった。


「じゃあ、やるか……」

「うん。お邪魔します」


 礼儀正しく。

 俺と咲蓮はマットの上で向き合って座り直す。

 何故か正座になった俺が両手を広げると、咲蓮はいつもの様子で胸元に顔を埋めてきた。


 冷房のせいか少し肌寒かったおかげで、咲蓮の体温をより感じていく。


「すんすん……はふぅ……」


 さっきも言ったが、部屋は静かなので咲蓮が俺の匂いを嗅ぐ音もよく聞こえた。

 それと同時に俺の鼻にも、咲蓮の髪や身体から良い匂いが伝わってくる。

 デートだからだろうか、いつもの甘い匂いとは別に香水のような匂いがした。

 俺は香水とかそういう類の物に微塵も詳しくないが、咲蓮がデートの為に付けてくれたのなら、とても嬉しく思う。


「総一郎。いつもより、濃厚」

「そ、それは、良い意味でか……?」

「うん。総一郎の私服。総一郎の汗。総一郎の匂い。極上のマリアージュ」

「あ、ありがとな……?」


 多分、褒めてくれている。

 咲蓮独特の表現だけど、いつも俺の匂いを嗅いでいる咲蓮が良いと言っているんだから良いのだろう。


 今さらだけど、いつも匂いを嗅いでいるって冷静に考えなくてもヤバいな……。


「一家に一人、総一郎がいれば良いのに。そうすれば、全人類平和になる」

「俺は一人しかいないぞ!?」


 よっぽどお気に召したのか、主語が馬鹿デカくなる咲蓮だった。

 俺の匂いで世界平和が起きるとか、とんでもないスケールである。


「むぅ。でも私はこのまま寝れるぐらいにリラックスしている。総一郎が家に来てくれたら、毎日グッスリ快眠間違いなし」

「お、俺は抱き枕か何かか……?」


 どうやら本気で言ってるらしく、ちょっと不服そうな咲蓮である。

 咲蓮は純粋で下心なしにこういう事を言うので、俺は常にドキドキだった。


「抱き枕……」

「……ん?」


 ボソッと咲蓮が呟く。

 何か雰囲気が変わった気がして、顔を下に向けてみれば咲蓮も下を向いていた。

 その視線は俺達が座っている、部屋中に敷かれた黒のマットレスを見つめていて。


「総一郎。一緒にお昼寝、しよ?」

「い、一緒に……!?」


 そしてすぐに、パッと子供のような明るい表情で俺を見上げる。

 切れ長の瞳は上目遣いになると幼い印象が生まれてとても可愛いが、抱き合っているので恥ずかしさから目を逸らす事は不可能で俺も見つめるしか出来なくて……。


「うん。駄目?」

「い、良い、ぞ……」

「えへへ。やった」


 心なしか。

 俺の背中に回された咲蓮の腕が、ギュっと強まったような気がしたんだ。

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