第58話 「狼姫と、初めての場所」
「さあさあ、こっちこっち! 外は暑いからシャキシャキ歩こー!」
「未来先輩。すごく元気だね」
「だな……」
地雷系美少女がスキップしながら前を歩いている。
まるでいつもの明るい生徒会長モードになった朝日ヶ丘先輩は一番前を歩いて、夏の日差しが照らす街道を軽やかに進んでいた。
「あの格好。暑くないのかな?」
「確かに……、何て言うか、ヒラヒラとかで服の生地が凄そうだもんな」
「ふふふ。お洒落は努力というからね。未来は自分の好きな姿の為に今凄く頑張っているのさ」
俺達の隣では十七夜月先輩も額から汗を流していた。
清楚系白ワンピースを着ていても、昼過ぎの夏の日差しともなれば暑いものは暑いらしい。
「ほらほら莉子ちゃんこっち来て! 若い二人を邪魔しちゃいけないんだから!」
「おやおやまったく。キミも若いだろう?」
「え? 私が幼くて莉子ちゃんの好みドストライクって言った? もぉ~莉子ちゃ~ん! 二人が見てるよぉ~!!」
二人って言うか、道行く人がみんな見ていた。
背が低いのに胸が大きい金髪地雷系美少女がクネクネしながら元気よく歩いているんだから見ない筈が無かった。
「……ところで朝日ヶ丘先輩。俺達はいったい、どこに向かっているんですか?」
流石に移動中とはいえ周囲の視線が痛くなってきたので俺は話題を元に戻す。
元はと言えば咲蓮にもっとお返しをしたいと言った俺の提案から始まった暴走なので、何処に行くかだけでも知っておきたかった。
「総一郎くんは、デートに必要なことって何だと思う?」
「え?」
だけど俺の質問に返ってきたのは、朝日ヶ丘先輩からの質問だった。
「え、えっと……あ、相手を楽しませること……ですか?」
「惜しい! 悪くないけど! それはそれでされたら嬉しいけど! そうじゃないの! デートはね、ムード! お互いがお互いに惹かれあうような……そんな素敵な雰囲気が必要不可欠なんだよ!」
「お、おぉ……」
炎天下の下で熱弁する朝日ヶ丘先輩。
確かに咲蓮と猫を撫でたりパフェを食べたり水着を選んでいる時は凄く楽しかったので、朝日ヶ丘先輩の言う事は間違いないのだろう。
その勢いに負けているだけかもしれないが、今日が初デートの俺にとってはとんでもない説得力みたいなものを感じたんだ。
「だから今から、手っ取り早く二人っきりになれる場所に行くよ!」
「ちょっとちょっとちょっと!?」
「わわぁっ!?」
朝日ヶ丘先輩が何かヤバそうな事を口に出しそうだったので、俺は急いで咲蓮と十七夜月先輩から引きはがした。
「だ、駄目だよ総一郎くん! わ、私には莉子ちゃんがいるんだからぁ……!」
「何言ってるんですか! そして何を言おうとしたんですか! ふ、二人っきりになれる場所なんて急にそんな!」
「大丈夫! 健全で合法な場所だから! ホテルじゃないから!」
「そ、そこまで言ってませんって!!」
変な妄想に走る朝日ヶ丘先輩だったけど、俺が言いたかった事はいち早く察知したらしい。
さっきまでホテルホテル言っていたので不安だったが、朝日ヶ丘先輩が言うには違うようだ。
「もう、信用無いなぁ。いくら私でも莉子ちゃんと二人きり以外の時にはちゃんと自重するってばぁ。咲蓮ちゃんも総一郎くんも可愛い後輩なんだから、しっかりお付き合いしてもらいたいし、それからだからね!」
「それ、から……?」
「と、言う訳でここは大船に乗ったつもりで任せて!」
「あ、ちょっと!?」
真剣な表情で言った言葉の最後に何やら不穏な言葉が残っていた気がする。
けれど朝日ヶ丘先輩はその大きな胸を強く拳で叩きながらドヤ顔を決め、また先導して歩き出してしまったんだ。
◆
そして、炎天下の街道を歩くこと数分。
俺達はとあるビルのエレベーターに乗っていた。
二階、三階、四階と表示が進み、五階に辿り着いて扉が開くと涼しい冷房の風が俺達を出迎えた。
「あー、久しぶりー!」
「なるほど。ここは確かに。懐かしいね」
その先の光景を見た先輩二人が同じ反応をする。
それに対して、俺と咲蓮は見た事が無い光景に目をパチクリとさせていた。
「本がいっぱい。図書館みたい」
「あぁ……。本と言っても、漫画ばかりだがな……」
綺麗な木目調の内装と明るい照明。
エレベーターを降りたすぐ先にはドリンクバーや食べ放題のアイスクリーム製造機なんかがあったりして、一般的な宿泊用の豪華なホテルにあるレストランみたいだと思った。
「まあ、ネットカフェだからねぇ」
「莉子先輩。私、ネットカフェ初めて」
「俺もです……」
「そう緊張しなくて良いよ。もう下で受け付けは済ませてあるんだし、後は自由さ」
初めての施設に圧倒されている俺達に、十七夜月先輩が優しくアドバイスをしてくれるのはかなり助かる。
この数時間でかなり外遊びの経験を積んできた俺だけど、基本的に行く場所全てが初めての場所なのだ。
「おーい! とりあえずお部屋に行こー!」
「と、言う訳さ。習うより慣れよ、さ。しかし本当に懐かしいね、未来」
「ねー! お金が無い時はよくお世話になったよねー!」
朝日ヶ丘先輩と十七夜月先輩が腕を組みながら廊下を進んでいく。
流石に外が暑かったので我慢していたみたいだけど、ネットカフェの中は涼しいので腕が組み放題だった。
「総一郎」
「お、おう……!」
それに倣って、咲蓮も俺の腕を抱いてきた。
汗をかいてしまっているが、それを忘れてしまうぐらいに柔らかい感触が広がる。
前を歩く二人に感謝した瞬間だった。
「あ、着いたよ!」
そんな喜びの時間も、建物の中じゃ一瞬で終わりを告げる。
『505』と『506』と書かれた扉の前で朝日ヶ丘先輩は立ち止まり、俺達に振り向いた。
「じゃあ、これ。そっちの部屋の鍵ね!」
「……はい?」
そして朝日ヶ丘先輩は俺達に『505』と書かれた部屋の鍵を渡してきた。
「あ、部屋は個室だけど防音はあんまりだから、うるさくしちゃ駄目だよ?」
「ふふ。二人なら大丈夫だよ未来。じゃあ柳クン、咲蓮クン。二時間後にまた会おうじゃないか」
「え? ちょ、ちょっと!?」
そのまま二人は、隣の『506』の扉を開けて中に入っていく。
「わっ。総一郎、総一郎。この部屋凄い。マットがふかふか」
呆気に取られている俺の横で、咲蓮は受け取った鍵を使って部屋の扉を開いた。
部屋の中も凄く綺麗で、大きなモニターに背の低い長机、そして、床一面に敷かれた黒いマットレスがこの部屋の快適さを物語っていて……。
「だ、だな……!」
今から二時間。
俺は咲蓮と二人きりで、初めてのネットカフェを楽しむ事になったのだった。




