第6話 「狼姫と、席替え」
教室の一番端。
出席番号一番の赤堀咲蓮は、窓側一番前の席に座っている。
孤高の狼姫な彼女はいつも通り、机に肘をつきボウっと窓の外を眺めていた。
「サレン様! おはようございます!」
「おはよう」
「おはようございます! 今日も綺麗ですね!」
「おはよう。ありがとう」
「あぁっ! クールなところもおはようございます!」
「おはよう。おはよう?」
そこにクラスメイトでファンクラブ代表の仲良し女子三人組が咲蓮に挨拶をする。
一方的に自分を慕う彼女らを面倒くさがらず真摯に相手をしている事も咲蓮が人気者な理由の一つだろう。
最後の挨拶には首を傾げていたが、そんな仕草さえもとても様になっていた。
「お~。柳、狼姫は今日も凄い人気だなぁ」
「そうだな……って、何で俺に言うんだ?」
「何でって、教室の端から端にいる姫をジッと見つめていたからだけど?」
「…………あれだけ歓声を浴びていれば、気になるだろ」
「それもそっか。じゃあな」
急に現れて言いたい事だけを言い、先日委員会活動中だった俺を無理やりバスケ部の練習に誘ったクラスメイトの男子は自分の席に戻っていく。
俺はまた、廊下側一番後ろの席から窓側一番前の席にいる咲蓮を遠巻きに眺めた。
俺と咲蓮は同じクラスだ。
でも赤堀と柳、出席番号は一番前と一番後ろ。
クラスの人数が奇数なせいで幸運にも咲蓮と俺は同じ日直になったが、それでも教室ではほとんど話さない。
何故なら俺と咲蓮の関係は秘密だから。
それに俺もこうして、孤高だけど人気者な彼女を眺めているだけで満足だった。
◆
「おーし。ゴールデンウィークも終わって日直も何週か回ったし、お前らも二年生の生活に慣れただろ? だから今日は最初の授業の前に席替えするぞー」
朝のホームルームの最後に、担任の先生が気だるげにそう告げた。
「マジかよ先生!」
「ついにこの日が来たー!」
「これでサレン様と隣の席に……!」
「そ、そんな……この聖域が崩されるだと!?」
席替え。
それは高校生になっても、学校に通う者にとっては一大イベントだった。
喜び喚起する者や嘆き絶叫する者まで様々で、教室と言う一年間変わらないコミュニティに無理やり新しい風を生ませる革命の時間なのである。
「うるさいぞお前らー。そんなに騒ぐと隣のクラスの先生から苦情が着て、先生席替えする気無くなっちゃうなー」
担任の先生がそう言うと、ピタッと歓声が止まった。
何だかんだ言って全員が席替えを望んでいるのである。
あの人の隣になりたい、一番後ろが良い、窓側が良いと、誰しもが考えるのだ。
「よーし、じゃあ最初だし出席番号順に赤堀からくじ引きなー。今回だけだから一番後ろの柳は文句言うなよー。残り物には福がなんちゃらだからなー」
そうして有無を言わさず、新しい席を決める為のくじ引きが始まった。
最初に立ち上がった咲蓮は何を考えているのだろうか?
いつも通りの無表情で立ち上がり、担任の先生が教卓の上に置いたくじを引いて帰っていく。
そして順々に全員がくじを引いていった。
一番最後の俺が引き終わり、後は先生が黒板に提示する席の場所に歩いていく。
何処の席になろうが変わらない。
教室での俺は、ただ静かに咲蓮を見守るだけなのだから――。
「よろしくね。柳くん」
「ああ……よろしくな、赤堀」
――そう、思っていた。
教室の窓際一番後ろの席。
俺の隣に、咲蓮が座るまでは。