第57話 「狼姫と、宝物」
「ありがとうございました~!」
レジの向こうで女性の店員が笑顔を俺と咲蓮に向けてくる。
俺は財布を、咲蓮は水着が入った袋をそれぞれ持って店を後にした。
「やあ柳クン、咲蓮クン。無事に水着を買えたかい?」
「中々試着室から出てこないので、私はてっきり中で秘密のむごむご……!?」
店の外に出ると、近くのベンチに十七夜月先輩と朝日ヶ丘先輩が座っていて俺達を待っていてくれた。
二人とも咲蓮と同じ買い物袋を持っているので、中にはそれぞれが買った水着が入っているのだろう。
それはそうと、デパートの中で何やら危ない事を言おうとした朝日ヶ丘先輩は十七夜月によりノールックで口を押さえられた。
流石は十七夜月先輩である。朝日ヶ丘先輩の取り扱いは既に熟練のものだった。
「むごっ……むごぉ~……!」
ただ……ちょっと朝日ヶ丘先輩が嬉しそうだったのがとてもノイズだけど。
さっきの咲蓮の耳と尻尾に続いて、俺は朝日ヶ丘先輩の瞳にハートマークが映って見えてしまった。
もしかしたら俺は初めてのデートでかなり疲れているのかもしれない。
「うん。総一郎が買ってくれた」
「ほお! 柳クンに……。それは嬉しいね」
「うん。総一郎。大切にするね」
「お、おう……」
「むごぉ~……っ!」
咲蓮は嬉しそうに、俺がプレゼントした水着が入った買い物袋をぎゅっと胸に抱いた。そんなに喜んでもらえると俺も胸の奥が熱くなる。
そうじゃなくても咲蓮の水着姿という素晴らしいものを、試着とはいえ見せてもらったので払い足りないぐらいだ。
「莉子先輩も未来先輩も、水着を買ったの?」
「ああもちろん買ったとも! でもこれは、その日までのお楽しみさ」
「むぐむぐ……」
首を傾げる咲蓮に、十七夜月先輩がウインクをする。
順応してきた朝日ヶ丘先輩も口を押えられながら頷いていた。
学園を代表する美少女が三人集まって仲睦まじく話しているのに、見惚れると言うより面白いと言う感情が勝る光景だった。
「お楽しみ……。うん、楽しみ」
「そうだねとても楽しみだ。まあ先の事はともかく全員水着を買えたんだし、移動しようか?」
「ぷはっ……ぜぇ……ぜぇ……ふへへ……」
十七夜月先輩がベンチから立ちあがり、咲蓮がそれに続いて歩き出す。
ようやく解放された朝日ヶ丘先輩は必然的に俺の隣に並んだんだけど、鼻息が荒いのはさっきまで口を押えられていたせいで息苦しいだけだと信じたい。
あの一件以来、俺の中で朝日ヶ丘先輩が人気者な生徒会長からどんどん愉快な人という印象が強くなっているのである。
「総一郎くん。咲蓮ちゃんと良い感じだね!」
「えっ!? そ、そうですか……?」
そんな愉快な人が急に普通に話しかけてきたので、俺は思わず驚いて声をあげる。
さっきまで口を押さえられて恍惚な表情を浮かべていた人と同一人物だとは、とてもじゃないけど思えなかった。
「そうだよぉ? 良い感じ過ぎて、私のアシストなんて全然いらないなぁって思ったもん」
「そ、それはありがとうございます……」
途中から普通に楽しんでなかったか、この人?
そう思っても口にしないのは、朝日ヶ丘先輩がちゃんと俺達の事を思ってくれている人だからである。
ただちょっと、自分の欲望に正直すぎるだけなのだ。
「その、朝日ヶ丘先輩に相談があるんですが……」
「えっ? わ、私の水着姿は莉子ちゃんだけのものだよ!?」
「違いますよ……」
だから俺はそんな頼れる生徒会長に相談をする。
だけど朝日ヶ丘先輩は警戒して、自分の大きな胸元を両手でバッと隠した。
中身はともかく、見た目はとても可愛くて幼いのだから誤解を招く行動は勘弁してもらいたい。
「じゃ、じゃあ……何を……されちゃうの……?」
「だから違いますって……。咲蓮に、何も返せてないなって思ったんです」
「え? 水着を選んで、プレゼントしたんだよね?」
何故かジト目で睨んできていた朝日ヶ丘先輩がキョトンとする。
「そうですけど。それじゃあ足りないって言いますか……」
「そうかなぁ……? 咲蓮ちゃんのお話を聞いてる限りだと、むしろ逆だと思うけどなぁ……」
朝日ヶ丘先輩は難しい顔になった。
「いえいえ、全然足りませんよ。いつも咲蓮から良くしてもらってるので、せっかくのデートですし、もっとお返しがしたいんです」
「あー、なるほど! 咲蓮ちゃんも総一郎くんも、どっちも貢ぎ体質なんだねっ!」
「…………」
今度はパァッと笑顔になった。
表情がコロコロ変わる、面白い先輩である。
ただもうちょっと、言い方は考えてほしかった。
「それなら任せて! 今日行く気は無かったんだけど、もう一つおススメのお店があるから!」
「え? だ、大丈夫ですか……?」
「大丈夫だよぉ? さっきのカフェでだって良い雰囲気になれたんだし、こう見えて私……頼りになる先輩だもん! という訳で……莉子ちゃん咲蓮ちゃーん! せっかくだし寄りたいお店があるんだけどー!!」
「あっ、ち、ちょっと……!?」
聞く耳を持たずして、朝日ヶ丘先輩は前を歩く二人の間に挟まっていった。
多少強引ではあるが、頼りになる先輩と言うのは間違いない。
ただやっぱり、朝日ヶ丘先輩が言うおススメのお店というのには少しだけ、いやかなりの不安はあったんだ。




