第55話 「狼姫と、カッコいい君が好き」
「総一郎。総一郎。これとこれ、どっちが好き?」
水着売り場の奥は女性用の水着売り場で、男性用水着と違って色とりどりな水着が大小問わずに存在していた。
まるで異世界の花畑の中に迷い込んだような錯覚に陥る。
だけどそこに咲いているのは綺麗な花ではなく、ほとんど下着と同程度の面積しかない女性用水着の山だった。
き、気まずい……。
ウキウキな咲蓮は二つのハンガーにかかった水着を見せてくれるのだが、俺は何故かこの場で呼吸をしてはいけない気がして気が気では無かった。
「ど、どっちも良いんじゃないか……?」
「むぅ。さっきから総一郎、そればっかり」
「す、すまん……」
咲蓮が不満そうに頬を膨らませる。
申し訳ないが、その顔さえも可愛く見えてしまった。
そんな咲蓮が持ってきたのは水玉模様を模した夏らしさを感じるパレオタイプの水着と、胸の下にヒラヒラがついている何て読んだら良いか分からない黒を基調とした水着の二種類。
前者はパレオによって下半身の露出は控えめだが、上半身はがっつりとへそ出しで高露出。
後者は黒のヒラヒラによってへそも見えないが、その代わり下半身はほとんどパンツを露出しているような水着だった。
どちらを隠しても、どちらかが露出する。
まるで究極の二択を叩きつけられているようだった。
「総一郎。こういうの、好きじゃない?」
「そ、そんな事ないぞ!? た、ただ……女子の水着を選ぶなんて初めてで……」
「そっか。私も初めてだから、お揃いだね」
「…………おう」
他意は無いと思うのだが、そういう事は公共の場で言うのは良くないと思う。
しかも女性用水着売り場という事もあって、より気まずさに拍車をかけていた。
「見てあの二人、仲良いね」
「良いなぁ、彼氏に水着を選んでもらえて」
「彼氏くんの方も誠実そうで……ちょっと初心っぽいけど、見てて不快感ないしね」
「ああいうしっかりしてそうな男の子ほど受けっぽくて、推せる~!」
そんな露骨に言わなくても良いのに。
俺の耳には多数の女性客や店員さんの話し声が聞こえてきた。
男水着売り場で聞こえた男性客の声なんて、まるで海を前にした雨粒のように小さく思えてしまうぐらい居心地が悪い。
思わず俺は助けを求める為に頼れる先輩を視線で探した。
「未来にはこれが似合うんじゃないかな?」
「えぇ~! 莉子ちゃんこれほとんど紐だよ~? こんなの恥ずかしくて、他の人に見せられないよぉ……で、でもこれを学校の誰かに見られた事がきっかけで脅迫されたりなんかしちゃったりしたら……はぁ、はぁ……!」
「ふふ。これはボクだけが見る為の水着だよ。可愛いキミを、他の誰かに見せる訳ないじゃないか」
「り、莉子ちゃぁ~ん!! その独占欲、大好きぃ~!!」
――イチャイチャしていた。
探したのを後悔するぐらい、人目をはばからずイチャイチャしていた。
もうあの二人は俺がお膳立てしなくてもそのままホテルに消えてしまいそうなぐらいの雰囲気が出来上がりつつある気がする。
「総一郎?」
「す、すまん……!」
そしてそんな二人に意識を向けていた俺を、咲蓮が覗き込んでくる。
心なしかその瞳は少し不安そうで、俺は不甲斐ない俺自身を恨んだ。
「ううん。大丈夫だ、よ?」
「…………」
何をやっているんだ、俺は。
何を言わせているんだ、俺は。
咲蓮が俺の水着を選んでくれたと言うのに。
咲蓮が俺に水着を選んでほしいと言ってくれたのに。
選ぶどころか咲蓮を困らせているじゃないか。
俺だって咲蓮ともっと仲良くなりたくてデートに来ていると言うのに、さっきからずっと何も出来ていないじゃないか……!
「……咲蓮!」
「え?」
「お、俺は……カッコいい咲蓮が好きだ!」
「カッコいい、私?」
「ああ、そうだ! 今日の服なんて、最高に咲蓮らしくてカッコいいと思っている! だから水着も、今見せてくれたものどちらも捨てがたいが、カッコいい水着だと俺は嬉しい!」
「……! 分かった。カッコいい水着、持ってくる」
だから俺は言った。思いの丈を、全て。
俺が孤高の狼姫を、カッコいい咲蓮に憧れているという事は咲蓮自身が一番よく知っている。
だから水着も最初からこう言えば良かったんだと今さら気づいたんだ。
「ねえ、聞いた今の……!」
「好きって! アレ告白だよね……!」
「初心っぽく見えて水着売り場で見せつけてくれるなんてやるわね……!」
「店長! 熱々なんで冷房強めても良いですか!?」
……聞こえてきた声は、無視しよう。
俺の好みを聞いた咲蓮は瞳を輝かせて手に持った水着を戻しに行ったので、この場に残された俺は女性用水着に囲まれながら女性からのヒソヒソ話をこの身に受けるしか無かった。
「総一郎。戻った」
「咲蓮! 待ってたぞ!」
「遅かった?」
「めちゃくちゃ早かった! ありがとう!」
「……? 総一郎が、変?」
すぐに新しい水着も持って戻ってくれた咲蓮が首を傾げる。
良い、良いんだ……。
変と思われようが、女性用水着売り場で一人ヒソヒソ話の中で取り残される事に比べたら咲蓮が隣にいてくれる事がなんて心強いんだと思う。
「それで、水着は見つかったのか?」
「うん。総一郎が好きな、カッコいいの持ってきた」
ドヤ顔の咲蓮。
表情はあまり変わらないが、渾身のドヤ顔だった。
「そうか、良かったな」
「うん。良かった。じゃあ、総一郎」
「どうした、咲蓮?」」
そのドヤ顔の咲蓮が、嬉しそうに俺の腕を掴む。
「試着するから、行こ?」
「…………うん?」
そのままニコニコしながら、俺の腕を組んで試着室がある方に歩き出したんだ。




