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いつもクールで完璧美人な孤高の狼姫が、実は寂しがり屋で甘えん坊な子犬姫だと俺だけが知っている  作者: ゆめいげつ
第三章 狼姫のダブルデート

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第51話 「狼姫と、リバースハート」

「いただきます」

「い、いただきます……!」


 対面に座る咲蓮が巨大なパフェを前に手を合わせる。

 こんな馬鹿みたいなパフェを前にしても日常的に行えるその自然さは育ちがとても良いのだろうと思った。


 もちろん、そんな事はこの一年間の付き合いで重々承知である。

 ただそう思って現実逃避しなければ、このパフェに全部の思考を持っていかれそうだったのだ。


「最初はストロー」

「ああ、そうだ……なっ!?」


 咲蓮がハートマークのストローに口を近づけ、俺も反対側のストローに口を近づける。

 そこで俺は気づいてしまった。

 近い、とても近い。

 いくらハートで距離を保っているとはいえ、所詮ストローはストローである。

 短い。

 咲蓮との距離が、とても近い。

 ストローで形作られたハート一つじゃあ、近すぎる。

 ていうか何だハート型のストローって。

 今更だけどこれ、俺と咲蓮が食べていいものなのか!?


「どうしたの?」

「い、いや……少々、緊張してな」

「そうなの?」

「あぁ……すまん」

「可愛いね。総一郎」

「…………」


 顔から火と言うか、爆発しそうだった。

 ハートのストローを前にしてビビる俺に、咲蓮はただ小さく微笑んでくれた。

 嬉しい。そして、可愛すぎる。

 今から俺は、そんな咲蓮と顔を近づけて、一対のハートストローを口にしなければならない。


「はい莉子ちゃん! あーん!」

「あーん。ふふ。美味しいね、未来」

「うん! 莉子ちゃん、私も私も!」

「しょうがない子だ。ほら、あーん」

「あーんっ! んんー! 莉子ちゃんの味ーっ!!」


 そんな俺達の真横では、人生と恋人において全ての先輩である二人が仲睦まじくパフェを食べさせ合っていた。

 それはつまり、俺がストローで四苦八苦している間にはもうその過程を終わらせて、食べさせ合うフェイズに入っているという事である。


 ……いつの間に。

 いや、そうやって周りを気にしているから、いけないのかもしれない。


「……咲蓮」

「うん?」

「俺達も、食べよう」

「うん。いただきます」

「ああ、いただきます」


 覚悟を決めた俺は、咲蓮ともう一度手を合わせる。

 そうして前のめりになりながら、ハート型のストローに口を付けた。


「…………」

「…………」


 近い。

 咲蓮が、とても近い。

 咲蓮の綺麗な顔が、目の前に広がっている。

 いつもは身長差があるからあまり気にしなかったが、近くで見るその美貌はまた一段と美しく、カッコよかった。

 伏し目がちなポーカーフェイスも、今は夢中になってストローからドリンクを飲んでいるという可愛らしさに変換され、俺の感情がバグりにバグっている。

 綺麗でも、可愛いでも、どんな美しい言葉でも言い表せないような素晴らしさを、今俺はこの世界で唯一、特等席で見ていた。


 この距離感、もうほとんどキスのようなものじゃないだろうか……。

 

「美味しいね」

「す、少し甘すぎる気もするな……」


 そんな咲蓮が、目の前で俺にだけ笑顔を見せてくれる。

 そこで緊張してしまい、気のきいたセリフが言えない俺を誰か殴ってほしかった。


 でも無理だ、勝てない。

 咲蓮はパフェにご満悦のようだが、緊張とかしていないのだろうか。


「次は、スプーン」

「お、おぉ……!」


 ハートのストローでドリンクを飲むという儀式が終わり、次はハートのスプーンでパフェの中身を食べさせ合うというフェイズに入った。

 もちろん緊張する。

 当たり前だろう、食べさえ合うんだぞ?

 でもここでやらない訳にはいかないのだ。


 何故なら、咲蓮の笑顔が見たいから。


「あーん」

「あ、あーん!」


 そうして俺たちはお互いにパフェをスプーンですくい、相手の口に運ぶ。

 俺の手から咲蓮の小さな口へ。

 咲蓮の手から俺の大きな口へ。

 ほとんど同時に、食べさせ合ったんだ。


「美味しい」

「あ、あぁ……!」


 死ぬほど甘い気がした。

 でも正直、緊張で味なんてよく分からなかった。

 咲蓮に食べさせてもらっているという意識よりも、俺が差し出したスプーンのパフェを咲蓮が食べてくれたと言う嬉しさの方がはるかに大きい。


 よく見れば咲蓮の口に端に生クリームがついてしまっている。

 俺がすくうパフェの量が多すぎたのかもしれない。


「り、莉子ちゃん! 同時あーん! 同時あーんだよ! 私達もやろやろっ!」

「ふふ。仲良さそうで良いじゃないか。それじゃあボク達も、可愛い可愛い後輩に倣おうか」


 なんて声が隣から聞こえてくる。

 どうやら見られていたようだ。

 恥ずかしいと言う気持ちはもちろんある。

 でもさっきほど緊張は無かった。

 

 それはきっと、咲蓮とこうして一緒にパフェを食べれている時間が幸せだからだ。


「次の一口、食べるか」

「うん」

「量、多かったら言ってくれ」

「大丈夫。総一郎のパフェ、美味しい」

「……俺も咲蓮のパフェ、美味しいよ」


 短い言葉を交わして、俺と咲蓮はまた同時にハートのスプーンでパフェをすくう。

 大きな生クリームの層を抜けて、地層となっているフルーツへと。


 だけどそこが、最初の罠だったんだ。


「あっ」


 ハートのストローが、動いた。

 隙間の無い生クリームをかき分けた事によって、ストローがアンバランスになってしまったのかもしれない。

 いくらフルーツが何層にも重なっているとは言え、隙間はある。

 それはパフェによって様々で、俺達のパフェはそれが脆く、そして弱い部分をかきだしてしまったのだろう、それも俺と咲蓮のスプーンで同時に。


「やばいっ!」


 崩れるハートのストロー。

 俺はとっさに、動くストローを口でくわえようとする。


「倒れちゃう」


 そしてそれは、咲蓮も同じだった。


「っ!?」


 その声は、どっちの声だっただろうか。

 そもそも、声になっていたのだろうか。


「…………」

「…………」


 確かなのは、俺と咲蓮も、倒れるストローを無事にくわえられたという事実。

 しかしお互いに目を丸め、驚きで顔を見つめ合っている。


「…………」

「…………」


 それは何故か。

 俺達がくわえようとしたストローが、崩れて倒れようとしていたハートのストローが、クルンと半回転したからだ。


「…………」

「…………」


 つまり俺の口には咲蓮のストローが。

 そして咲蓮の口には俺のストローが。

 それぞれ相手のストローを、口にくわえていたんだ。


 ――間接キス。

 その言葉が、俺の頭の中を埋め尽くしたんだ。

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