第49話 「狼姫と、受けの才能」
「ありがとうございましたぁ。また来てねぇ」
『にゃーん』
猫カフェの入り口で、おっとりとした店員さんが三毛猫を抱きながら俺達に手を振ってくる。
猫カフェでのひと時は、猫に感動したり、猫っぽくなったり、猫に踏まれたりと短い時間で様々なことが起きた貴重な時間だったと言えるだろう。
「猫。可愛かった」
「ああ、可愛かったな。ところで、顔にのしかかられてたけど大丈夫か?」
「うん。凄く、良い匂いだった」
「そうか。良かったな」
これが猫の力か。
匂いを嗅ぐ事が好きな咲蓮もご満悦である。
ほっこりとした笑顔が、テナントビル外に出た事によって夏の日差しに照らされ、とても綺麗だった。
俺は今度また咲蓮と来ようと、ひそかに心に誓う。
「でも。総一郎の匂いの方が、好き」
「さ、咲蓮!?」
「ほお?」
「ふーん?」
そこに匂いソムリエの咲蓮がとんでもない爆弾を投げつけてきた。
ここは駅前、屋外である。
通行人が大勢いる中で、その言葉を聞いたのは幸か不幸か十七夜月先輩と朝日ヶ丘先輩だけだった。
「猫ちゃんも可愛かったけど、可愛い後輩二人の仲が深まったようで良かったよ」
「咲蓮ちゃん結構グイグイ行くよね! 総一郎くんはどう思うかなぁ?」
「先輩達まで! よ、よしてくださいよ……」
あれ。
薄々気づいていたけれど、今日のダブルデートって実はかなり肩身が狭いんじゃないか?
ニヤニヤと笑う清楚と地雷系の先輩二人を見て、俺はそう思った。
「嫌だった?」
「い、嫌じゃないぞ……!?」
「……良かった。嬉しい」
「…………」
「ニヤニヤ」
「ニヤニヤー!」
「声に出さないでくださいっ!」
シュンとする咲蓮の言葉を俺が否定すると、咲蓮は嬉しそうに微笑んだ。
その小さな笑顔にドキドキしていると、ニヤニヤと笑う邪悪な二人の声がする。
なんだかんだお似合いな二人なのかもしれない。
ただそのお似合いな部分を俺にぶつけないでほしかった。
「あっ、咲蓮クン。服にまだ猫の毛がついてるよ?」
「え?」
「ほらここ。お尻のところ」
「わ。本当だ。でもお尻には乗ってないよ?」
「いくら掃除しても抜け毛は至るところにあるからねぇ。一緒にコロコロを借りに行こうか」
「うん。ちょっと行ってくるね」
「おう」
「行ってらっしゃーい!」
咲蓮が履くロングパンツに、猫の毛がまだ残っていたようである。
十七夜月先輩は手慣れた様子で咲蓮の手を引き、またテナントビルの階段を昇っていった。
「…………」
「…………」
そして残されたのは、俺と朝日ヶ丘先輩の二人である。
とてもレアな組み合わせで、とてもアレな組み合わせでもあった。
十七夜月先輩曰く、俺と朝日ヶ丘先輩は似ているらしい。
そんなどこが似ているか未だに分かっていない似た者同士の俺達は、パートナーがいなくなった瞬間に話す話題が無くなってしまった。
「こほん。総一郎くん」
「……何ですか、改まって」
と、思ったら朝日ヶ丘先輩の方から話しかけてきた。
わざわざ一回咳払いをしたせいで、何故かこっちまで緊張してしまう。
学校一のアイドル的存在でも、その素の性格と今日の見た目を知っていればこうなるのも当然だった。
「総一郎くんが、私と莉子ちゃんを狙ってあわよくば酒池肉林を企んでいる狼くんじゃないってことが良く分かったよ。総一郎くんは、咲蓮ちゃん一筋なんだね……」
「…………理解してもらったのに、何故かちっとも嬉しくないのは何なんですかね」
心底安心したように。
朝日ヶ丘先輩は、まるで慈愛の天使のような笑顔を見せる。
でも言ってる事はかなり堕天していた。
「私はね、今日、莉子ちゃんとホテルに行きたい」
「……は?」
訂正、悪魔かもしれない。
何言ってるのか分からなくて、思わず先輩に『は?』って言ってしまった。
「だって久しぶりのデートなんだよっ! 新しい学年が始まってお互いに忙しくてさぁ! 最近ご無沙汰だったし、莉子ちゃん私のこと嫌いになっちゃったのかもしれないって何度思ったと思う!?」
「え、えぇ……?」
朝日ヶ丘先輩がめちゃくちゃ早口になった。
今までも飛ばしていたけど、それ以上にエンジン全開で、猫カフェから出てきたばかりなのに、まるで猫を被っていたような早口である。
「だから今日、勝負下着もバッチリなんだ……!」
「……俺は、なんて言えば良いんですか?」
反応に困る!
着てる服は地雷系だけど見た目は可愛いに全振りした美少女だし何より小柄だしけど言ってる事がエグくて反応に困った。
何言っても不正解だろ、これ。
「そんな総一郎くんに、お願いがあるの」
「どんな俺だからお願いしてるんですか!?」
「お願い! 今日一日、私と莉子ちゃんが良い雰囲気になる為に協力してほしいの! 私も総一郎くんと咲蓮ちゃんがもっと仲良くなるために協力するから!!」
「…………」
両手を合わせて、地雷系生徒会長が頭を下げる。
……どうしよう。
動機はアレだが、お願いの内容は至極真っ当なのが余計に俺を困らせた。
「……はぁ。分かりました。協力します」
「ほ、本当っ!?」
「はい。お世話になっている先輩に頭を下げられては断れませんし……。それに、俺も、その……咲蓮ともっと、仲良くなりたいですし……」
「ありがとうっ! やっぱり総一郎くん! 受けの才能あるよ!!」
「受けの才能って何ですか!?」
パアッと笑顔になった朝日ヶ丘先輩がその場で飛び跳ねる。
フリフリな服に収まったパツパツで大きな胸が跳ねるが、急に変な事を言われた俺はそれどころじゃなかった。
「頑張ろうね総一郎くんっ! これからが私たちの、仲良しダブルデート作戦の本番開始だよ!!」
「……その前に、受けの才能について聞いても良いですか?」
嬉しさのあまりその場でクルクルと回り出す地雷系ファッションハーフの朝日ヶ丘先輩は、それはもう目立っていて。
正直俺は、協力する相手を間違えたんじゃないかなって、少しだけ後悔した。




