第40話 「狼姫と、勘違い」
「俺と、咲蓮の……?」
「そう! 二人がラブラブなところを見せてほしいのっ!」
ビシッと、そして堂々と。
生徒会長である朝日ヶ丘先輩は、俺と咲蓮を指差した。
しかしその丸く大きな瞳は警戒色に溢れていて、変な下心とかは無さそうだった。
……いや、この指示がそもそも変なのだが。
「未来先輩。ちょっと、違うよ?」
「え? どうしたの咲蓮ちゃん? 違うって?」
そこにスッと、咲蓮が首を傾げながら前に出た。
欲望に従って変な暴走をする朝日ヶ丘先輩を止められるのは、次期生徒会長として付き合いが長い咲蓮にお願いするのが一番だろう。
悲しい事が、俺には朝日ヶ丘先輩を止めるのは無理そうだからだ。
「うん。未来先輩、勘違いしてる」
「勘違い?」
「そう。私と総一郎、ラブラブじゃないよ?」
「えぇっ!?」
朝日ヶ丘先輩はただでさえクリっとしていて丸い大きな瞳を更に大きく見開く。
そのたった一言で、完全に咲蓮が話のペースを掴んだのである
「…………」
安心して良い筈なのに。
その一言は、俺にダメージを与えてきたのだが。
ここは、歯を食いしばって我慢しよう。
「咲蓮ちゃんと総一郎くんがラブラブじゃないってどういう事っ!?」
「そのままの意味。ラブラブなんて、とてもじゃないけど言えない」
ぐふっ!
「で、でも……デートするんだよねっ!?」
「うん。総一郎と私、ラブラブじゃないから」
ごふっ!
「総一郎ともっと仲良くなるために、デートする」
「な、なるほど……?」
はぁ……はぁ……!
危うく、心が死ぬところだった。
後ちょっとこの問答が続いていたら、俺は立ち直れなかったかもしれない。
「じゃ、じゃあ咲蓮ちゃんと総一郎くんは……どういう関係なの?」
「うん。それは……」
「……ん?」
激しく痛んだ胸をおさえていると、咲蓮が俺に振り返る。
そのまま飛び跳ねるように、一歩前に踏み込んで――。
「こんな関係」
「えぇっ!?」
「さ、咲蓮っ!?」
――いつものように、俺の胸に抱きついてきた。
両手を背中に回して顔を埋めると言う、最初から全開のだっこである。
「すんすん……。はふぅ。今日は体育があったから、いつもより芳醇な匂い」
「に、匂い!? そ、そんな……ぎゅっと抱きしめるだけじゃなくて、に、匂いまでっ!?」
咲蓮がグリグリと俺の胸に顔を押し付ける。
ワイシャツ越しに伝わる鼻息がとてもくすぐったい。
「総一郎の匂いは世界一。これだけで、ご飯三倍いける」
「オ、オカズってこと……っ!?」
俺の胸の中で、咲蓮がドヤ顔を作る。
だけど何故だろう。
咲蓮と朝日ヶ丘先輩の中で、致命的なすれ違いがあるように感じるのは。
「つまり私と総一郎は、とっても健全な関係」
「どこがっ!?」
それは、本当にそうである。
俺はいったい、どっちの味方をすれば良いんだろうか?
「総一郎。総一郎。総一郎。良い。匂い。凄く。至高」
「わ、わわぁ……そんな……男の人に抱きついて、そんな……」
「なでなで。総一郎、して?」
「お、おぉ……」
「頭のなでなでっ!? そ、そんな大きな手で優しく……ああ……っ!」
上目遣いの咲蓮に俺は勝てない。
その綺麗な灰色の髪を撫でると、今まで触った事が無いぐらいサラサラだった。
しかも良い匂いがする。
「えへへ。総一郎のなでなで、気持ち良い」
「そ、そうか……」
「ふ、二人とも顔を真っ赤にして……初心なのに……大胆で……っ!」
「未来先輩も、する?」
「えぇっ!?」
俺の胸の中で蕩けた咲蓮が、朝日ヶ丘先輩に問う。
俺たちの事を見ていた生徒会長は、見てるだけなのに顔が真っ赤になって爆発しそうだった。
「わ、私は……」
その問いに、朝日ヶ丘先輩は一度生唾を飲み込む。
まるで悠久の時間が過ぎたような、一瞬の静寂の後に。
「私には、莉子ちゃんがいるんだからーーーーーーーーーーーっっ!!!!」
――ガラッ! バタンッ!
両手で顔を押さえながら、生徒会室を飛び出してしまった。
「すんすん。未来先輩、行っちゃった」
「……ああ」
誰もいなくなった生徒会室に残される、俺と咲蓮。
「勘違い。分かってくれたかな?」
「……あ、あぁ」
その間も、咲蓮は俺の匂いを嗅ぎ続ける。
正直俺は、更に勘違いが加速したんじゃないかって思った。




