第4話 「狼姫と、通学路」
赤堀咲蓮は俺の大好きな人であり、そして同時に尊敬できる人物だ。
『良いか総一郎? お前は、どんな他人の為でも動ける男になれ』
そう子供の頃から親に厳しく躾けられた俺にとって、彼女の善性と行動力はとても魅力的なのだ。
もちろんそれ以外にも理由はあるのだが、それをあげるとキリがないので割愛するとして……。
「おばあちゃん。大丈夫? 荷物、持つよ」
「あらぁ、ありがとうねぇ……」
とある日の早朝。
まだ朝練がある部活の生徒ぐらいしか歩いていないであろう時間帯に、制服を着て通学する咲蓮を見かけた。しかも、横断歩道の前で立ち往生していた荷物を持つ老婆に手を差し出すという素晴らしい状況である。
「良いよ。私、荷物持つの好きだから。転ぶと危ないから、手、つなご?」
「何から何まですまないねぇ……」
涼しい顔で頷き、咲蓮は老婆と一緒に長い横断歩道を歩いていく
俺たちの高校がある街は地方だが開発がかなり進んでいて、小さな都会のようになっていた。綺麗かつ便利になる反面、増える交通量や広くなる道路は老人にとって時にメリットだけでは無いのである。
それにしても誰が見ている訳でもないのに老婆を助けるなんて、彼女は本当に最高じゃないだろうか。
「お嬢ちゃん、本当にありがとうねぇ」
「ううん。おばあちゃん、気をつけてね」
横断歩道を渡り終え、咲蓮から荷物を受け取った老婆は丁寧に頭を下げる。
彼女は全然気にしていない素振りを見せながら、何度も頭を下げながら歩いていく老婆に手を振っていた。
「立派だった……。ああ、立派だったぞ咲蓮」
「わ。総一郎だ、おはよう」
俺はその姿に感動し、思わず近寄って話しかけてしまった。
咲蓮は小さく驚いたようだけど、残念ながら表情が変わるほどじゃなかった。
孤高の狼姫と呼ばれるぐらい、彼女はいつでもクールなのだ。
「ああ、おはよう。今日は朝早いんだな」
「日直。総一郎も、でしょ?」
「まあな」
自然な流れで俺たちは並び、通学路を歩いていく。
彼女は孤高だが、寂しがり屋なのを俺は知っている。
だから一緒に歩くのも問題ないし、そもそもこんな早朝から登校するのは部活動に励む生徒ぐらいだから誰にもバレないだろう。
もし見られていても、クラスメイト同士で歩いてるだけなのだからそこまで変な噂にもなりはしない。
人気者の咲蓮は特定の誰かとつるまないだけで、常に誰かしらが彼女の近くにいるのだ。
例えば、バスケ部の助っ人の時にもいたファンクラブ代表三人娘とかである。
「しかし、朝から老婆の荷物を持つとは素晴らしいな。俺も見習わなくては……」
「見てたんだ。でも、凄くないよ? おばあちゃん、好きだから」
「好きこそものの上手なれ、だな」
「総一郎。時々、馬鹿になるよね」
クールに、彼女は灰色の髪を指で弄る。
朝の淡い日差しに照らされたウルフカットは、近くで見るととても綺麗だった。
「……っと、すまんな。俺一人で話してしまって」
「ううん。総一郎の話、好きだから」
「っ!?」
好きだから、好きだから、好きだから。
その言葉が俺の頭の中で木霊する。
しかし彼女はいつも通り、表情を変えずマイペースで歩いていた。
「すぅー……」
落ち着け、落ち着くんだ……。
この好きだから、は告白ではなくその前に言ったおばあちゃんのことが好きと言う言葉と同義。
つまり、ラブではなくライクだ。
「あっ……」
「ん?」
そんなたった一言で心が動揺する俺と対極の位置にいるレベルで冷静な咲蓮が、小さく声をこぼして立ち止まった。
振り向き彼女の顔を見てみれば、灰色の髪が朝の風に揺れる。
それはとても幻想的で、芸術そのものだと思った。
「どうした?」
咲蓮と共にいると、俺はすぐ動揺してしまう。
それを悟られないように、俺も冷静を取り繕い彼女に話しかけた。
「総一郎」
「なっ……! さ、咲蓮!?」
すると彼女は表情一つ変えず、俺の腕に抱きついてきたのだ。
細く華奢な手が俺の腕を包み、それとは違う柔らかい感触が押し付けられる。
「ど、どうした!? ま、ままままだ今日のご褒美には早いぞ!?」
俺は焦る。
いくら他の生徒が出歩かない時間だからと言って、公道のど真ん中で好きな女子に腕を抱かれれば、そりゃあ焦るのも当然だろう。
心臓はバクバク。
しかし彼女は変わらず、俺たちの前方を指差した。
「総一郎。あれ、助けて」
「あ、あれ!?」
それを見て、俺は気づいた。
咲蓮の秘密を知っている俺でも、彼女の普段を見ているとたまに忘れる事がある。それは咲蓮の素行が素晴らしいからに他ならない。
人間としてとても尊敬できる彼女にも、人に言わないだけで弱点があるのだ。
「歩道橋。高い所、無理……」
「…………おう」
赤堀咲蓮は、重度の高所恐怖症である。
それこそ、通学路の途中にあり渡らなければ学校に行けない歩道橋を前にして、恐怖で足がすくむぐらいに。