第37話 「狼姫と、先輩の提案」
「友人と、外で遊んだ事が無い?」
笑顔から一転して。
十七夜月先輩は怪訝そうな表情に変わった。
そこで笑わずに心配してくれるのが、十七夜月先輩が慕われる理由の一つだろう。
「はい。俺の家はそれなりに歴史があって古風……悪く言えば古い考えの家で躾が厳しかったんです。人の上に立つのなら、交遊に現を抜かす前に勉学に励めと……中々に時代錯誤な感じでした」
「……なるほど。柳クンのその立派な立ち振る舞いはご両親の躾のおかげ、という事だね」
十七夜月先輩は真っ先に否定するのではなく、肯定してくれる。
その優しさが身に染みる中で、先輩は言葉を続けた。
「しかし、それは大丈夫だったのかい?」
「大丈夫とは?」
「今ならともかく、小学生の時は若いからこそ純粋でいて残酷だ。如何なる理由があるとは言え、周囲を跳ねのけて違う行動を取っていれば、いざこざの一つや二つはあったんじゃないのかい? キミを四六時中見ている訳では無いが、この一年間は至って模範的な生徒として、学友達と交流しているように見えたけど」
「ああ、その事ですか」
十七夜月先輩の言う事はごもっともである。
家の方針的にはそう言った反発は今だけだから気にせずに実力でねじ伏せろという頭の悪い教えだったが、普通の小学生の感性ならそうもいかない。
集団と協調性が無ければ必ず不和が起こるものだ。
俺一人なら、そうなっていただろう。
「それなら大丈夫でした。恩師……とでも言うんですかね。小学生の時の担任の先生がとても良い人で、色々と助け船を出してくれたんです。放課後は行事という名目で学校に残り友達と遊ぶ、みたいな抜け道を作ってくれたりして……」
今考えると、その先生がいなかったら俺はもっと孤独だったかもしれない。
親の教育が全て間違っているとは言えないが、それでも先生のおかげで楽しく過ごせたのも事実だ。
「それは素敵な先生だね」
「はい。それぞれの生徒の自分らしさを尊重してくれる、良い先生でした。まあそのせいで、俺が遊ぶってなるとどうしても学校になっちゃうんですよね」
「なるほど。だから咲蓮クンとの逢瀬は必ず学校でなんだね」
「お、逢瀬!?」
「おや、違うのかい?」
十七夜月先輩はまた愉快そうに笑う。
俺の過去については深く詮索せずに笑い話に変えてくれるのはとてもありがたい。
……不意打ち過ぎて、軽くむせたけど。
「しかしそうなると、咲蓮クンとデートに行くという行為は大丈夫なのかい? それこそ、キミの家の教育と合わなそうだけど」
「それについても問題ありませんよ。去年の冬に咲蓮と色々あってから、俺が全力で親を納得させましたから」
「……君はたくましいのかそうでないのか、たまに分からないね」
こう考えると、俺は咲蓮に出会ってから良い意味で変わっている気がする。
それでもまだまだ咲蓮には追い付けなくて、出し抜かれてばかりだ。
だからこそ、このデートで良い所を見せたいと思う。
「ふむ。了解したよ。つまり柳クンが特殊な事情で秘密の放課後学校デートしか得意じゃないから、外でどう遊ぶのかを一緒に考えてくれと言うんだろう?」
「……まあ、そうです」
何か含みのある言い方だった。
でも頼りになれるのは十七夜月先輩だけなので、素直に頷いておく。
「外での遊びを知らないキミと、マイペースを貫く咲蓮クン……。ふむ、柳クンが振り回される姿しか想像できなくておもしろ……大変そうだ」
「今、面白そうって言いかけました?」
「いいや?」
絶対に面白そうって言おうとして訂正した。
それを真顔で否定しながら、十七夜月先輩は言葉を続ける。
「これまでの事を加味して、キミに一つ提案があるんだ。いや、キミ達にかな?」
「俺達って……俺と咲蓮ですか」
「そうだよ。これはキミ達の大切な初デートだからね。それを踏まえた上で、答えてくれて構わない。だけどこれが一番手っ取り早くて失敗しないと思うけど、咲蓮クンにもちゃんと聞くんだよ?」
一番手っ取り早くて失敗しない。
そんな理想的な方法があるのだろうか。
俺としては願ったり叶ったりだけど、十七夜月先輩がそんな前置きをするぐらいだから何か理由があるのだろう。
「……分かりました。教えてください」
「ふむ。では単刀直入に言おうか」
十七夜月先輩は机の上で組んだ足をほどき、リラックスした状態で。
「キミ達の初デート。ボクと未来も同行して良いだろうか? 様々な意味で先輩として、キミ達の模範となりリードしようじゃないか。ダブルデート、という奴だよ」
そう言って、俺にウインクをしてきたんだ。




