第36話 「狼姫と、難儀なキミ」
咲蓮のデート宣言から数時間後。
かなり大きなパニックはあったがそれでも日常は続くので、放課後に学校の見回りを終えた俺は風紀室の扉を開いた。
「やあやあ、今を時めく色男の柳クンじゃないか。今日も見回りご苦労様」
「十七夜月先輩まで……勘弁してください」
「人気者って言うのも大変だよねぇ」
最近はそのポジションが気に入ってるのだろうか。
風紀委員長である十七夜月先輩は今日も机の上に腰かけ、スカートだというのに足を組んでいた。そして風紀室に入ってきた俺を見ると、顎に手を置いて愉快そうに俺に微笑んでくる。
全男子がドキドキしてしまいそうな蠱惑的な笑みであるが、現在進行形で咲蓮に悩まされている俺にとってはあまり効果が無かった。
「キミ達の噂は三年の教室まで届いているよ。デートするんだろう? 仲が進展しているようで、良かったじゃないか」
「……そう、でしょうか?」
「おや、浮かない顔だね。どうしたんだい、話聞こうか?」
「話を振ってきたのは十七夜月先輩じゃないですか……」
白々しくも首を傾げる風紀委員長には俺もお手上げである。
だけどそんな十七夜月先輩は俺が尊敬する一人でもあり、気軽に誰かを頼れと言ってくれたので言葉通りお世話になる事にした。
「まず大前提に、咲蓮とデートに行けるのは両手を上げて雄たけびを上げるぐらい嬉しいです」
「ほうほう。それは是非見てみたいものだね」
「例えですよ……。それでここからが問題なんですが……」
「うんうん」
そこで俺は一度大きく深呼吸をする。
いざ相談をすると言っても、これを言うのはかなり恥ずかしい。
だけど宣言してしまったからには、言うしかなくて。
「……デートって、何をすれば良いんですか?」
「…………うん?」
言った。
すると十七夜月先輩が固まった。
笑顔で。
「ごめん。ボクの聞き間違いかな? 今、何て言ったんだい?」
「ですから、デートって……何をすれば良いんでしょう……そして、何処に行けば良いんですかね……」
「うーん?」
十七夜月先輩は机に腰かけて足を組んだまま難しい顔をする。
何だろうこの姿、見たことあるな……。
ああそうだ、銅像の考える人だ。
「それはボクではなく、直接咲蓮クンと相談すれば良いんじゃないかな?」
「……十七夜月先輩もご存じの通り、今日咲蓮は俺とデートをすると宣言しました。そうなれば当然、質問攻めにあいますよね?」
「まあ、そうだね。キミ達は二人とも人気者だろうし」
「人気なのは咲蓮ですが……。まあそこで紆余曲折があり、何処へデートに行くかという質問がありました」
「ふむ。それならもう決まってるんじゃないのかい?」
「いえ……」
「うん?」
「その質問に咲蓮も期待した目を俺に向けてきたので……思わず、当日までのお楽しみだと言ってしまいました……」
「あー」
十七夜月先輩が可哀そうなものを見る目で俺を見てくる。
その表情は初めて見る顔だった。
「つまり、あれかい? デート場所の秘密は死守できたが、そもそも決まっていないしむしろ自分でハードルを上げてしまった……と」
「はい……」
「難儀だねぇ、キミは」
しまいには大きな溜息を吐かれる。
完全に俺自身がまいた種なのだが、中々心苦しかった。
「まあそれでも可愛い後輩の頼みだ。ボクの意見で良ければ……と、言いたいところだけど」
「だ、だけど……?」
「そんなに難しく考えなくても良いんじゃないかな?」
難しかった表情を崩し、十七夜月先輩は笑う。
その真意は分からないが、先輩の余裕というものを感じた。
「デートは二人で楽しむものだ。咲蓮クンと柳クンが共通して楽しめそうな場所に行くのも一つの手段だね。そうじゃなくても、今回のデートは咲蓮クンから誘ってくれたんだろう? つまり、彼女はキミの事がもっと知りたいという事さ。それなら、キミが好きな場所に連れていくと言うのも嬉しいと思うよ。例えば、キミが普段から友人と良く遊びに行く場所とか」
「……十七夜月先輩」
俺は小さく挙手をする。
「無理です……」
「諦めが早くないかな?」
十七夜月先輩が笑顔のまま、また固まった。
俺は自分自身の不甲斐なさを恨む。
「珍しいね。風紀委員の代表として生き生きしている姿とはまるで正反対なぐらいに後ろ向きだ。咲蓮クンが関わるとここまで奥手になるのかいキミは?」
「いえ、そういう訳ではないのですが……」
「ですが?」
煮え切らない様子の俺に十七夜月先輩が首を傾げる。
言いたくない。
非常に言いたくない。
でもここまで話に付き合わせておいて、言わないという選択肢は無いのである。
「……笑いませんか?」
「笑わないよ。もし笑うなら、最初の相談の時点で笑ってるさ」
やっぱり十七夜月先輩は頼もしい。
だから俺は、真実を話す事にしたんだ。
「実は、俺……。友人と外で遊んだ事が、無いんです……」
咲蓮にも言っていない、俺の秘密を。




