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第29話 「狼姫と、風紀の乱れ」

「すーはー……よしっ」


 誰にでも緊張する場面はあるだろう。

 それは俺達が追っていた生徒会長、朝日ヶ丘先輩も例外では無いらしい。

 長い渡り廊下を足早に進んで、特別教室棟へ進んだ。

 そこから更に階段を昇り四階へ。

 その中央にある生徒会室……を通り抜けて、奥にある風紀室の前で朝日ヶ丘先輩は立ち止まり深呼吸をしていたんだ。


「未来先輩。どうしたんだろ」

「さっきからずっと深呼吸してるな」


 俺と咲蓮は階段の物陰に隠れながらその様子を覗き見ている。

 かれこれ、十回目の深呼吸だった。

 二回か三回ならまだ分かるが、二桁に突入する深呼吸は緊張しすぎだと思う。

 いつも全校生徒の前でハキハキと、本当のアイドルのように振舞っている生徒会長がいったい何に緊張しているのだろうか。


「しっ、しつれいしまーす……」


 おっかなびっくりと。

 声が裏返りながら朝日ヶ丘先輩は風紀室の扉を恐る恐る開いた。

 中をそっと覗き込むように、誰も見ていないのに静かに扉を開き、入っていく。


 ……いや、俺達が見てるか。


「入っちゃったね」

「生徒会長が風紀室に用事なぁ……」


 物理的に朝日ヶ丘先輩の姿が見えなくなって、俺と咲蓮は顔を見合わせる。

 最初から最後までずっとソワソワしてた理由が俺達風紀委員会に用事があるだけだと分かった今、目的はほとんど達成したようなものだからだ。


「まだ誰か残ってるのかな」

「ん?」

「声をかけたって事は、誰かいるんでしょ?」

「ああ……確かに、そうか」


 咲蓮の言葉に俺も納得する。

 朝日ヶ丘先輩の喋り方からして、明らかに誰かいる声のかけ方だった。

 そうなれば、いるのは誰だろうかという話になってくる。


 しかしこの時点で、俺の頭の中に浮かんだ人物は一人だけだった。

 風紀委員長、十七夜月莉子。

 生徒会長、朝日ヶ丘未来と人気を二分する、俺達風紀委員の代表である。 

 わざわざ朝日ヶ丘が会いに行きそうな人物で、それでいて敬語を使って話しそうな人物……そして全校生徒が帰った後で最もこの場にいそうな人物は、俺達風紀委員が全員仕事を終えないと決して帰らない風紀委員長十七夜月先輩ただ一人だった。


「莉子先輩?」

「だと、思う」


 咲蓮も同じ事を思ったようで、俺の首を傾げながら訪ねてくる。

 こんな時でも可愛いと思ってしまったのは秘密だ。


「何を話してるんだろ」

「なっ!? おい、咲蓮!?」


 俺が一瞬だけ目を逸らした隙をついて、咲蓮が風紀室へと歩いていく。

 咲蓮を止めなきゃと思いつつ、俺も何を話しているのか少しだけ興味があった。


「入る?」

「いや、入るのは流石に……」


 風紀室の扉の前に立った俺と咲蓮。

 咲蓮は扉の前で俺の顔を伺ってくる。

 俺達が所属する風紀室だが、生徒会長である朝日ヶ丘先輩が入った今、入って良いものか何故か不安になった。


 もしかしたら十七夜月先輩、と今後の生徒会や風紀委員の事について話しているのかもしれない。

 それなら人目を気にしていたのも、こんな時間まで残っていたのも納得が出来る。


『ひゃあぁんっ……!!』


 ――そう、思っていた。

 扉の奥から、朝日ヶ丘先輩の甘い声が聞こえてくるまでは。


「…………」

「…………」


 一度、扉を見た俺達はもう一度顔を見合わせる。


「総一郎」

「い、いや何かの間違えかも」

『だ、駄目だよぉっ……!!』


 俺の淡い期待は、扉の奥から聞こえる甘言にかき消された。


「風紀。乱れてる?」

「乱れ、てるかもな……」


 嘘だろ?

 その気持ちの方がが強かった。

 あの生徒会長が、学園のアイドルが、風紀室で、風紀を乱す?

 いやいやそんなまさかと思いたくても、中からはめちゃくちゃ声が漏れていた。


「とりあえず。見てみる」

「見てって、おいっ!?」


 咲蓮は静かに、風紀室の扉を少しずつ開いた。

 そして出来上がった隙間から中を覗き込む。

 ……もしかしたら、マンガとかでありがちなマッサージをしているだけのお約束的な展開かもしれない。


 そんな免罪符を頭の中に浮かべながら俺も中を覗くと――。


「未来。そんな大声出すと、外に聞こえちゃうよ?」

「り、莉子ちゃんのいじわるぅ……そっちから呼び出したくせにぃ……」


 ――お互いに制服を着崩して。

 ほとんど半裸のまま机の上に仰向けで寝転ぶ生徒会長と。

 その上に跨り覆い被さる、風紀委員長の姿があったんだ。

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