第3話 「狼姫と、独占欲」
「柳! 今日は楽しかったぜ!」
「また明日もよろしく頼むぜ!」
「風紀委員なんて辞めてバスケで全国目指そうぜ!」
「断る!!」
無尽蔵な体力の男子バスケ部に体育館中を追いかけ回されること数時間。
ようやく部活が終了し体育館の掃除を終えた俺は、バスケ部男子からの熱烈なラブコールを一蹴して、全校生徒下校時間の為か暗くなった廊下を歩き、教室へと向かっていた。
理由はもちろん、咲蓮と会う為である。
「総一郎」
「うおっ!?」
そんな彼女の顔を考えた矢先だった。
二階へと続く階段へ曲がった瞬間、彼女がそこに立っていた。
いくら咲蓮が美人で綺麗で可愛くても、暗闇から急に現れると驚いてしまう。
身長差があるせいで彼女が見上げる形になっていても、怖いものは怖かった。
「こっち」
「ちょっ、おい!?」
驚いた俺が何か喋るよりも早く、咲蓮は俺の手を掴んで引っ張っていく。
そこは二階ではなく階段下の倉庫へと続く、廊下よりも暗い小さなスペースだった。
「だっこ」
「こ、ここでか!?」
そして矢継ぎ早に両手を広げ、ハグをおねだりして来た。
暗闇の中、差し込む微かな明かりに照らされたポーカーフェイスなつり目が鈍く輝いているような気がした。
「うん。今日はいっぱい、がんばった」
「あ、あぁ……。確かに、バスケ部の助っ人は凄い活躍だったな」
「そういう総一郎も、人気だった」
両手を広げたまま、ジッと固まった咲蓮が俺を見つめる。
逃げ場がまるでないその視線は、これ以上ないぐらいに圧があった。
「お、俺は委員会の調査で体育館を訪れたら無理やり捕まっただけだぞ?」
「でも、楽しそうだった。私も。総一郎と鬼ごっこ、したい」
「それは、どうなんだ……?」
大の男が美少女を追う姿も、美少女が男を追う姿も、どちらも目立ちすぎる。
それこそ咲蓮は孤高の狼姫と呼ばれているぐらいの人気者だから、そんな事をしたら彼女が今まで築き上げてきたイメージが一気に崩れてしまいそうだ。
「だから、だっこ」
「だからで繋げて良いのか!?」
本末転倒というか、誘導尋問というか。
咲蓮の目的は最初からコレだったらしい。
徹頭徹尾両手を広げた姿勢を変えない狼姫は、俺からのご褒美をご所望だった。
「でもここ、階段だぞ?」
「教室に行ったら、時間がもったいない」
困った、勝てない。
今日の咲蓮はいつにも増して圧が強く、ワガママだった。
それはまるで駄々をこねる子供のように素直で、それがまた普段とのギャップから俺が惹かれてしまう要因となっているのだ。
「……分かったよ」
「……うん」
そうして、まんまと咲蓮に踊らされてしまった俺は暗闇の中で彼女を抱きしめる。
階段下の奥まったスペースは埃っぽかったが、それを感じさせないぐらい甘く良い匂いが咲蓮から伝わってきた。
さっきまで隣でバスケをしていたからかその身体はいつもより火照っていて、カッコいい姿を見たというのにいつもよりその身体は小さい気がした。
「総一郎の匂い。今日、凄く濃い」
「ば、バスケというか、走りまくってたからな……」
いつにも増して俺の胸元に顔を突っ込み、咲蓮は匂いを嗅いでくる。
絶対に俺の胸のドキドキは聞こえてしまっているだろうが、彼女は気にせず俺の匂いを嗅ぎ続けた。
「すー、はー……」
「そ、そこまでするのか!?」
しかも鼻で深呼吸までし出した。
呼吸で胸が膨らみ縮むのが、動きだけで分かってしまう。
俺はされるがまま、咲蓮が満足するまで抱きしめ続けることしか出来なかった。
「ふぅ。凄く元気出た、ありがとう」
「お、おぉ……」
しばらくして、満足したのか咲蓮はゆっくり俺から離れていく。
そしてもう一度見上げるその表情はあまり変わっていないが、すごく機嫌が良くなっているように見えた。
「総一郎」
「な、何だ?」
「他の子に嗅がせちゃ駄目だよ?」
「え? あ、あぁ……」
「じゃあ、また明日ね」
そう言って。
彼女は暗闇を抜け出して、一人廊下を歩いて下駄箱へと向かっていく。
「……嗅いでくるの、お前だけだぞ?」
一人残された俺は、暗闇の中で呟いた。
階段下の埃っぽい空気なんて、等に忘れている。
女の子の柔らかさと大好きな人の匂いが、俺の中に残り続けていた。