第26話 「狼姫と、男子トイレ」
人体と言うのは不思議なもので、自分ではどうしようも出来ない生理現象というものがいくつも存在する。
例えば、寝る前にトイレに行ったのに起きたらまたトイレに行きたくなると言ったアレで……。
「……ついてこなくて良いんだぞ?」
「総一郎が倒れないか心配」
そのアレが、今まさに起きていた。
しかも、何故か咲蓮がついてくるというおまけ付きで。
「熱も下がったし、体調はむしろ良いんだが」
「駄目。風邪は治りかけが一番危ない」
と、言った感じで俺の数歩後ろを、まるで監視するように咲蓮が歩いていた。
時間にして、午後の四時。
俺は保健室で三時間以上眠っていたようで、目覚めたら咲蓮が保険の先生とテーブルでお茶菓子を食べていた。
昼も食べずに待っていてくれて嬉しいと思った反面、起きた時に隣にいなかったのは少し寂しいと思ってしまったのも事実だった。
どうやら熱が出て思考的にも弱り気味だったみたいである。
それでも冷静になれば、流石に放課後で誰もいないとはいえ学校のトイレにまでついてこられるのは話が違うとすぐに分かった。
「気持ちは嬉しいが、先生とお茶して待ってて良かったんだぞ?」
「食べたら動く。健康の基本」
「それはまあ、そうだが……」
何を言っても聞く耳を持ってくれない状態である。
俺が咲蓮と散歩しているのか、咲蓮が俺を散歩させているのか、それは分からないが一緒にトイレへと続く廊下を歩いていた。
面倒な事に保健室がある棟の一階には生徒用トイレが無いので、わざわざ二階のトイレへと向かっている所である。
「雨。弱くなった」
「ん? ああ、そうだな。この様子ならもう少し待てば止みそうだ」
咲蓮の言葉につられ、廊下を歩きながら窓の外を眺める。
外は相変わらず厚い雲で薄暗いが、雨の勢いはかなり弱まっていた。
「傘を貸したおかげで総一郎と長くいられる。良い事はするものだね」
「…………だな」
咲蓮の前を歩いていて良かった。
今の俺は多分、また顔が赤くなっていると思うから。
不意打ちで、それも平気な顔をしてこういう事を言ってくるから咲蓮は侮れない。
「総一郎」
「な、何だっ!?」
「トイレ、通り過ぎたよ?」
「…………おお、ありがとう」
「まだボーっとする?」
「違う意味でしてるかもな……」
今日はなんだか凄く空回りしている一日だった。
恥ずかしい思いをしながらも何とかトイレにたどり着けたので、一応目的は達成である。
本当に、死ぬほど恥ずかしかったけど……。
「今日の総一郎は危なっかしいけど、頼ってもらえて私は嬉しい」
「……ははは」
情けない姿なだけなんだけどなぁ。
そんな事を思いながら、俺たちは一緒に男子トイレに入って――。
「待て待て待て!?」
「どうしたの?」
――俺は大急ぎで振り返り、両手で咲蓮の肩を掴んだ。
流されそうになったけど、普通に男子トイレに入ろうとしたからだ。
「男子トイレ! ここ! 男子だけ!」
焦り過ぎてカタコトの外国人みたいな喋り方になってしまった。
「うん」
「うん、じゃないが!?」
「総一郎が倒れたら心配だから」
「その前に俺が社会的に死ぬなぁ!!」
風紀違反とか不純異性交遊とかそんなレベルを余裕でぶち抜いていた。
流石に咲蓮と一緒に男子トイレに入るのは一発アウト、逮捕ものである。
「むぅ。倒れてからじゃ遅い」
「俺が捕まってからでも遅い!」
またしても不満げな咲蓮だったが、流石に俺も引く事は出来ない。
ここで引いたら色々な意味で俺の人生が終わってしまうからである。
「頼む咲蓮! ここで待っててくれ! 良い子で待っててくれたら、また今度ご褒美を増やして良いから!!」
「本当?」
「ああ! この前のに加えてもう一つ良いぞ!」
「分かった。待ってる」
良かった、納得してくれた。
風邪気味のせいか、また咲蓮に耳と尻尾が生えた気がしたけど多分気のせいだと思う。
甘やかしすぎかもしれないが、これも俺を心配してくれての行動だから多少は大目に見たって良い。
「じゃあ、悪いけどそこで待っててくれ」
「うん。倒れちゃ駄目だよ?」
「安心しろ。もうかなり元気だ」
最後まで心配性な咲蓮である。
そんな咲蓮に俺は苦笑いを浮かべながら、さっさと用を足す為に男子トイレへと入っていくのだった。




