第25話 「狼姫と、保健室」
ピピピピッと無機質な音が鳴る。
体温を測り終えた事を知らせるその音は、外に落ちる土砂降りの雨の音にかき消されていった。
「……三十七度五分」
「やっぱり。総一郎、熱ある」
放課後の保健室。
ベッドに腰かけて体温を測り終えた俺を、咲蓮がジト目で睨んでくる。
表情の変化は乏しいが、目力だけで休めと言ってるようだった。
「……これぐらい、微熱なんだが」
「駄目。休む」
「せめて、保険の先生が帰ってきてからじゃ」
「休む」
「…………はい」
ベッドの脇に立つ咲蓮がグイグイと俺の上半身を押してくる。
これが文字通り、押し倒されるという事なのだろうか。
その圧に負けてしまった俺は仕方なく保健室のベッドに寝転ぶしかなかった。
「今日が雨で良かった。晴れてたら、総一郎はまた無理をする」
「いや、いつも通り過ごすだけだが……」
「総一郎は頑張り過ぎ」
「それは……いや、すまん」
咲蓮もだろ。
そう言おうとして、言葉を飲み込んだ。
今この現状で、なし崩し的にとは言え微熱がある事が発覚し休まされているのは俺の方なのだから。
間が良いのか悪いのか、テスト期間の放課後だからか。
いつも保健室にいる先生は職員会議に行っているようで、ここには俺と咲蓮しかいなかった。
外を降る雨の音。
保健室に満ちる独特な匂い。
隣には咲蓮がいて、ジッと俺を見つめてきてから――。
「目のクマ。凄い」
「さ、咲蓮!?」
ギシッ、と。
――保健室のベッドが揺れた。
ベッド脇に立っていた咲蓮が身を乗り出して、片手をベッドについて俺の顔を覗き込んできたからだ。
保健室の天井だけだった視界が、咲蓮の美貌で覆いつくされる。
逃げ場は無い。
まるでキスをするような距離感で、咲蓮は俺の瞳を覗き込んできたんだ。
「総一郎。昨日寝たの、何時?」
「さ、咲蓮……顔が、ちか」
「何時?」
「…………四時だ。朝の」
「むぅ。それはもう、寝てないと同じ」
目の前に広がる顔が、不満げに変わる。
俺を問い詰める為にそうしたのか、咲蓮は俺から離れてベッド脇に持ってきていたパイプ椅子に座った。
もちろん俺の胸はその間もドキドキしっぱなしだった。
咲蓮が離れてホッとしたような、少しだけガッカリしたような……。
「寝不足は良くない。お父さんも言ってる」
「そ、そうなのか……」
「でもお父さんはお仕事で帰りが遅いから、お母さんが強制的に眠らせる必殺技を使ってるって言ってた」
「ひ、必殺技……!?」
「そう。必殺技、でも秘密なんだって」
「そ、そうか……凄いんだな」
「うん。お父さんもお母さんも、凄い」
そう話す咲蓮の口元が、少しだけ緩んだ。
いつもよりちょっとだけ饒舌で、両親の事が本当に好きなのだろう。
「けど私はその必殺技を知らないから、総一郎を眠らせる事は出来ない」
「……すぐ寝れるように、善処する」
「ふふ。総一郎は、とっても良い子」
「っ!?」
小さく微笑んだ咲蓮が、手を伸ばして俺の頭を撫でてくる。
頭を撫でられるのが好きと言っていたが、そのセリフとこの状況でやられるのはまるで子供扱いをされているようで……とんでもなく、恥ずかしかった。
「…………」
「むふぅ」
眠る俺の頭を撫でるのが嬉しいらしく、小さく横に揺れながら咲蓮は俺の頭を撫でていく。
恥ずかしいのに、何故か安心して、嫌じゃない。
疲れているからだろうか?
咲蓮の前ではもっとしっかりしないといけないのに。
俺の意識は、どんどんと心地の良い闇の中へと沈んでいったんだ。




