第24話 「狼姫と、雨の教室」
「ただいま」
「お、おかえり……なのか?」
突然の土砂降り。
傘の無い俺と咲蓮は、下駄箱から自分達の教室に帰ってきた。
幸運か不運か、傘を忘れたのはファンクラブの一人と俺だけだったようで教室には誰もいない。
窓の外は雨が降りしきり薄暗いが、それでも昼間の教室に二人きりというのはとても新鮮だった。
「雨。夕方には止むって」
「そうなのか?」
「うん。雨雲レーダーは、偉大」
誇らしげに咲蓮は手に持ったスマホの画面を俺に見せてくる。
そこには雨雲の動きがバッチリ描かれていて、何て言うか技術の進歩を感じた。
「それにしても、凄い雨」
「だな」
てててっと軽快な足取りで窓際に向かった咲蓮が外を覗く。
それに倣って俺も隣に並ぶと、本当に止むのかと思えるぐらいザーザーと雨が降りまくっていた。
「…………」
ジッと。
咲蓮は窓の外の雨を眺めている。
表情は変わらず、いつものようにポーカーフェイスだ。
いったい何を考えているのだろう。
俺と接している時の事はそれなりに分かってきたけれど、何も無い時のクールなその横顔は神秘的で、とても綺麗だった。
「総一郎」
「ん!? な、何だっ!?」
その横顔に見惚れていたせいで。
急に咲蓮が俺に視線を向けて見上げてきた事に思いっきり驚いてしまった。
眼下から覗く切れ長の瞳はいつもより遠いけれど、それでもドキドキするには十分すぎる距離だった。
「顔。赤い」
「さ、咲蓮!?」
一歩。
咲蓮は距離を詰めて。
「大丈夫?」
つま先立ちで、顔を覗き込んで来た。
髪の色と同じ、灰色の長い睫毛がよく見えるほどの距離。
生徒会長や風紀委員長にも引けを取らない、学校一だと思える美貌が目の前にあったんだ。
「お、おう……大丈夫、だ」
思わずしどろもどろになって、視線を窓の外に逸らす。
当然ながら助けてくれる人も覗いている人も誰もおらず、この熱を冷ましてくれそうな雨が降っているだけだった。
「むぅ。無理は良くない」
こんなに顔が熱く赤いのは、間違いなく咲蓮のせいだ。
いつも放課後に抱きしめているのに、いや、抱きしめているせいでこんなに顔が近いのに慣れていないんだ。
しかもテスト期間でご褒美すら控えているこの状況では、俺の方にも跳ね返ってくる力がとても強くて。
なんだかんだ、俺の方が咲蓮に依存してしまっているのかもしれない。
「調子が悪かったら、保健室」
「いや、そこまでじゃ」
「駄目。行く」
「なっ!? ちょっ、さ、咲蓮!?」
でもそんな俺を咲蓮は本気で心配してくれたらしく。
グイグイと俺の腕を引っ張って、教室から保健室へと連行していくのだった。