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いつもクールで完璧美人な孤高の狼姫が、実は寂しがり屋で甘えん坊な子犬姫だと俺だけが知っている  作者: ゆめいげつ
第二章 狼姫の風紀活動

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第23話 「狼姫と、突然の雨」

 一学期の期末テスト期間が始まった。

 咲蓮のご褒美や風紀委員が探している不純異性交遊問題について等、色々と考えなければならない事が多い。


 しかし学生の本分は勉学なので、俺達は襲い掛かるテストに励んでいた。


「よーし。全員書くの止めろー。ペンを置いて後ろの席から答案用紙を裏返して前に回せー」


 張り詰めた空気の中で、規則的なチャイムと気の抜けた教師の声が響き渡る。

 その瞬間。教室の中は、まるで膨らんだ風船が針で割られたかのような雰囲気に包まれた。


「おーし。これで全員分だなー。お前ら、今日でテスト期間も折り返しだけど後半も気を抜くなよー?」


 少しだけ騒がしくなったクラスに、答案用紙を回収した担任が気だるげに告げる。

 そのまま流れでホームルームが行われ、今日の授業もといテストは午前中で終了となった。


「あー! 終わったー!」


 担任の教師が教室を出終えた直後、いつものバスケ部男子の声が教室中に響きわたる。それを皮切りにして、教室中は話声に包まれた。


「総一郎。どうだった?」

「いつもどおり、だな。咲蓮はどうだ?」

「ぶい」


 少しだけ口角を上げて。

 隣から咲蓮がピースサインを送ってくる。

 最近は色々と我慢をしているが、表情は今までよりかなり柔らかくなっていた。


「テスト期間は風紀委員の見回りも無いし、帰るか」

「うん。またね、総一郎」

「またな、咲蓮」


 俺は咲蓮に軽く挨拶をして教室を後にする。

 名前呼びが公になった今、一緒に帰る事も問題はないと思うのだが、咲蓮が一緒に帰ると誘惑が辛いと言っていたのでこうして別々に帰っていたんだ。


 落ち着いてきたとはいえ不純異性交遊の犯人捜しもあるし、その方が良いだろう。


「……っとと」


 そんな事を考えながら階段を降りていると、突然生理現象に襲われた。

 誰に言う訳でもないが、尿意である。

 仕方がないので俺は行き先を下駄箱から男子トイレに変更するのだった。


  ◆


「ふぅ」


 当然の事ながら。

 テスト期間放課後の誰もいない男子トイレに事件なんて何もなく、俺は用を足し終えた。

 洗い濡れた手をハンカチで拭きながら、改めて廊下を抜けて階段を降りていく。

 そうして下駄箱に着くと、そこには見知った顔ぶれが並んでいた。


「うわー! すっごい雨降ってるよ!?」

「天気予報、嘘ついたね……」

「私、傘持って来てない……!」


 咲蓮のファンクラブ代表、仲良し三人娘である。

 下駄箱の出入り口で外を眺める三人の視線の先では、土砂降りの雨が降っていた。


「え、マジ? 私、折り畳み傘なら持ってるよ?」

「私もいつも持ってるかな」

「そんなぁ……私も入れてぇ……!」

「でもこの雨だしなぁ……」


 三人の中で二人がカバンから折り畳み傘を取り出し、咲蓮じゃなくて俺にも絡んでくる大人しめな女子が二人に懇願していた。

 確かに外は土砂降りで、折り畳み傘の小ささと耐久力では、いくら華奢な女子高生二人でも安全性は低いだろう。


「これ。使って良いよ」

「え!?」

「さ、サレン様!?」

「い、良いんですか!?」


 そこに、咲蓮が現れた。

 咲蓮もカバンから折り畳み傘を取り出し、ファンクラブの一人に差し出している。

 当然彼女たちは驚いていて、しどろもどろになっていた。


「大丈夫。こんな事もあろうかと、常に二本持ってきてる」

「す、凄いです!」

「流石サレン様!」

「あ、ありがとうございます……! このご恩は必ずお返ししますし傘は消毒して返します!」

「普通で良いよ?」


 咲蓮の思いやりに感銘を受ける三人。

 遠目からだと表情は変わっていないように見えるが、少しだけ誇らしげだった。

 実際とても立派で素晴らしいと思う。


「ありがとうございますサレン様! また明日会いましょう!」

「テストはまだまだ始まったばかりですからね!」

「お風邪を引かないようにしてくださいね傘ありがとうございます!」

「またね。みんな」


 ファンクラブ女子三人組は何度も咲蓮に頭を下げてから、三人並んで折り畳み傘をさして仲良く帰っていく。

 別に隠れるつもりは無かったのだが、俺は今までの癖で他の人がいなくなったのを確認してから咲蓮に話しかけた。


「やっぱり、咲蓮は凄いな」

「あ。総一郎、帰らなかったの?」

「ちょっと、用があってな」

「そうなんだ」


 俺に気づいた咲蓮が隣から見上げてくる。

 切れ長の瞳は教室の時と変わらず、ジッと俺を見つめてきていた。

 高校の下駄箱という日常真っ只中にもかかわらず、とても幻想的で綺麗だった。


「総一郎」

「ん?」


 外では土砂降りの雨が降っている。

 それなのにこの一瞬はまるで時間が止まったかのように錯覚して。


「傘。今日は一本だけだった」

「…………マジか」


 ほら、と咲蓮はカバンの中身を見せてくる。

 そこには教科書ノートと筆記用具しか入っておらず、二本あると言っていた折り畳み傘は何処にも無かったんだ。


「……ちなみに、俺も傘は持ってないんだ」

「お揃い、だね」


 土砂降りの雨は、中々止みそうにない。

 苦笑いを浮かべる俺に、咲蓮は小さく微笑んだ。

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