第2話 「狼姫と、嫉妬心」
放課後の体育館。
コートの中を見守り静寂を貫く周囲とは裏腹に、バスケットボールが弾む音と複数の人物が駆ける足音が響いていた。
「よいしょっと」
緊張にも似た重苦しい試合の空気の中で、赤堀咲蓮は表情一つ変えずに跳躍する。
線の細い身体は、そのまま飛んで行ってしまうのではないかと思う程に高く跳ぶ。
灰色のウルフカットが靡いて揺れる。
誰もが見惚れてしまうような美しいフォームで。
そしてその手から離れていくバスケットボールは綺麗な放物線を描き、ゴールの網の中へと吸い込まれていった。
「きゃあ~! 流石サレン様ーっ!」
「バスケ部全員を一人で抜いてスリーポイントシュートを決めるなんて凄いです!」
「クールなお顔もとっても素敵ーっ!!」
次の瞬間、試合終了のホイッスルが鳴る。
それと同時に周囲で見守っていた狼姫ファンクラブの女子達が黄色い歓声を上げた。
「サレン様が女子バスケ部の練習に混ざるって聞いたから塾休んだけど、来てよかったー!」
「ええ! 今日のサレン様は今日しか見れないからね!」
「どんな部活でも助っ人で呼ばれれば最高の結果を出すサレン様……素敵!」
ワイワイと盛り上がるファンクラブ女子。
赤堀咲蓮とは、それぐらい人気者な生徒だった。
「お疲れ様。今日は来てくれてありがとね」
「ううん。楽しかったよ、私も」
そんな歓声の中で、相手チームのキャプテンだったボーイッシュな黒髪ショートの女子生徒が咲蓮に握手を求める。
彼女は汗を拭ったハンドタオルを首にかけながら、キャプテンと握手を交わした。
「きゃー! 狼姫と女子バスケ部キャプテンの握手よーっ!!」
「私……も、もう死んでも良いかも……」
「駄目だよ! 来週はテニス部の助っ人もされるんだから、まだ死ねないよ!」
そして、今日一番の歓声が体育館の中で響き渡る。
我が校有数の美男美女、いや、美女と美女が激しい試合の後で爽やかな握手を交わしたのだから当然だろう。
そんなとても華があるコートの反対側では。
誰もギャラリーがいない、泥臭い試合が始まっていた。
「柳! 頼むぞ!」
同じチームとなった男子バスケ部のクラスメイトが俺にパスを飛ばしてくる。
初心者相手に容赦のない球威のボールだった。
それだけ彼らが本気でバスケットボールに全力を注いでいる事が分かった。
「任せろ!!」
だから俺も、咲蓮に負けないように跳躍する。
受け取ったボールを想いと共に腕に込め、力強くゴールへと叩きこんだ。
「ダ、ダンクシュート!?」
「嘘だろ、あいつ初心者だよな……?」
「逸材だ! 囲え!!」
「なっ!? 俺はやらんぞ! 今日だけって言ったのはそっちだろう!?」
するとノリの良い体育会系の男達は、試合中だと言うのに俺を取り囲んでくる。
試合や歓声を浴びる咲蓮そっちのけで、俺がバスケ部男子から全力で逃げ出す鬼ごっこが始まってしまうのだった。
「男子達、何してるのかしら……?」
「サレン様があんなにカッコ良かったのに、男子って本当に子供だよねー」
「でもあの背の高い人、鬼気迫るシュートでちょっとカッコよかったかも……」
そんな俺達の馬鹿騒ぎを、ファンクラブの女子達が冷めた目で見ていた事には気づかない。
「……むぅ」
当然。
咲蓮が不服そうに俺を見つめていた事にも、誰も気づかなかったんだ。