第16話 「狼姫と、秘密のお願い」
「やあ二人とも。昨日の今日でわざわざ呼び出してすまないね」
不純異性交遊している生徒を見つける為、風紀委員の活動を増やすと言われた次の日の放課後。
俺と咲蓮は、風紀室にいる十七夜月先輩に呼び出されていた。
「いえ、大丈夫です……」
「私も大丈夫」
正直、生きている心地がしない。
何故なら今現在、風紀委員達が秘密裏に探している不純異性交遊をしている生徒と言うのが、俺と咲蓮だからだ。
もちろん本当に不純異性交遊をしている訳ではなく、とある日の通学時に高所恐怖症の咲蓮と一緒にくっついて歩道橋を渡っただけである。
ただそれを、近隣住民に目撃されて学校に連絡が入っただけの事……なのだが、それを証明できる人間=犯人なので詰んでいたのだ。
「そうかしこまらなくて良いよ。今はボクたちしかいないんだからね」
座りたまえ、と先輩は腰より長い黒髪を揺らしながら壇上前の机の上に足を組んで腰かける。足が長いせいか、短く見える制服のスカートからは綺麗な足がかなり露出していた。
今の先輩を初めて見る人は、誰も彼女が風紀委員長だとは思わないだろう。
「……良いんですか? そんな、緩くて」
「急な呼び出しのせいで緊張しているみたいだからね。リラックスしてもらおうと思ってさ。こう見えてボクも、咲蓮クン程じゃないけど人気はあるんだよ?」
「……お心遣い、ありがとうございます」
「…………むぅ」
悪戯に十七夜月先輩が組んだ足を入れ替える。
正直、目のやり場に困った。
最近は咲蓮に夢中であまり接点が無かったが、十七夜月先輩はかなり悪戯好きな性格なのを思い出した。
ところで、咲蓮は何故唸ったんだろうか?
「莉子先輩。用事って?」
「お、そうだったね咲蓮クン。堅物な柳クンをからかうのはこれぐらいにして、本題といこうか」
せっかく座ったのに、先輩は身軽に机から飛び退いた。
そのまま何を考えているか分からない笑顔を俺と咲蓮に向ける。
「キミたちもお察しの通り、不純異性交遊の生徒についてだよ」
「…………!」
予想はしていた。
だけどやはり緊張が走る。
それが表情に出ないように何とか我慢した。
「今は他の風紀委員達にお願いして学校近辺と校舎内、二つのグループに分かれて見回りをしてもらってる。でもそれで見つかれば苦労しない。そうは思わないかい?」
「まあ、確かに……」
「人、いっぱいだもんね」
「一学年四クラスからそれぞれお二人ずつ風紀委員に配属されているから、ちょうど二十人だね。ボクやキミたち、それと療養中の副委員長を除いて」
十七夜月先輩は指で宙に計算式を書くような仕草をしながら言葉を続ける。
「昨日はみんなの指揮に関わるからキッチリした事を言ったけどさ、正直ボクは人様に迷惑がかからないのなら、犯人が見つからなくて良いと思ってるんだ」
「はい!?」
「そうなの?」
「ああ。不純異性交遊と言うと聞こえが悪いけど、色恋沙汰だって立派な経験だろう? そんな曖昧と青春を天秤にかけた判断を、一学生のボクたちが決めるなんておこがましいと思わないかい?」
試すように。
先輩は俺と咲蓮に笑みを送ってくる。
昨日の集会の時に共有された情報だとバレてはいないのだが、その深い黒の瞳にはまるで見透かされているかのようだった。
「じゃあ、どうして探してるの?」
「おお、それは良い質問だよ咲蓮クン!」
言葉に詰まった俺に代わって咲蓮が首を傾げる。
すると、待ってましたと言わんばかりに十七夜月先輩はビシッと指を指した。
「強いて言うなら、抑止力だよ。ボクたち風紀委員が、見回りを強化してますよって言うアピールさ。長い期間を風紀委員が総出で見回りをしていれば、生徒達の中でも噂になるだろう? それが狙いさ。青春を謳歌するのは良いけれど、やり過ぎるのは良くないよってね。そうすれば生徒達の気は引き締まるし、風紀委員としての実績と有用性も教師や生徒会の連中にアピール出来る。一石二鳥、いやそれ以上だろう?」
まるでキメポーズを取るかのように十七夜月先輩は指した指を顔の前に立ててウインクをする。
他の生徒がこの仕草を見たらドキッとしてしまうかもしれないが、俺は学生ながらにそこまで柔軟に物事を考えているのかと、彼女の底知れなさに肝が冷えた。
「で、それを踏まえた上で柳クンと咲蓮クンにはお願いがあるんだ」
十七夜月先輩は改めて俺と咲蓮に視線を向けて。
「キミたちが良ければ、風紀を正す為に偽装カップルを演じてくれないかい?」
「…………はい?」
何を考えているか分からない笑みを浮かべて。
何を考えているか分からないお願いをしてきたんだ。




