第14話 「狼姫と、ガッツポーズ」
「サレン様! おはようございます!」
「おはようございます。朝、早いんですね!」
「それが綺麗の秘訣なんですか!?」
「みんな。おはよう、今日も良い朝だね」
八時を過ぎてから、次第に教室に人が増え始めた。
咲蓮の周りもいつものファンクラブ三人娘が集まっていて、とても賑やかである。
「サ、サレン様が私たちに笑顔を!?」
「ごく僅かな微笑み……私たちじゃなければ見逃していた……!」
「な、何か良い事あったんですか!?」
それに挨拶を返す咲蓮が少し笑っただけで、三人は歓喜に飲み込まれていた。
うんうん、気持ちは良く分かるぞ。
「うん。ちょっと……ね?」
「ぐはぁっ!? し、幸せそうな微笑み……!」
「くっ!? その温かさはまだ春の陽気みたい……!」
「ひゃっ!? そ、そんな笑顔、私たちにはもったいないです……!」
そこに追撃の微笑みが加わり、仲良しファンクラブは全員致命傷を負った。
朝からとても元気な奴らである。
「おっす、柳! 今日は一段と賑やかだな?」
「おお、そうだな」
「ん? その顔……何だ、嫌われ期間はもう終わったのか?」
「嫌われ言うな! 少し誤解があっただけだ!」
「へー誤解ねぇ。良かったじゃん。これで気兼ねなくバスケ部に入れるな!」
「だから入らんと言っているだろうが!
いつものバスケ部男子も教室に入ってきて、カバンを置かずにそのまま俺の席にやってきた。
咲蓮と隣り合った席の周りには人が集まり、男子は男子、女子は女子でそれぞれの会話が始まる。
いつものメンツと言うには少しバラバラだが、いつにも増して賑やかだった。
「うぃー。お前ら、自分の席に戻れー? ホームルーム始めっぞー」
「やべっ!? もうそんな時間かよ! じゃあな柳!」
「サレン様! また後で!」
「今日もご活躍を応援してます!」
「笑顔ありがとうございました!」
気づけば朝のホームルームの時間になっていた。
今日も気だるげな様子の担任が教室に入ってくると、クラスメイト達は全員一斉に自分の席へ戻っていく。
賑やかだった教室はすぐに静まり返り、日直の号令と共に挨拶が行われた。
「今日も元気だなお前らー。じゃあ出席を……全員いるから良いか」
出席簿を持ちながら、チラッと教室を一瞥した担任は席が埋まっている事を確認するとその出席簿を教卓に置く。
それで良いのかと思うけど、このクラスの担任はいつもこうだからもはや全員が慣れっこだった。
「じゃあ連絡だが、えーっと、何だっけな……。アレは言っちゃ駄目ってアホの教頭が言ってたっけ……ああ、そうそう。今日は六時間目の授業が各々の委員会活動になる。お前たちはもう二年生だから知ってると思うけど、委員会ごとの解散になるから帰りのホームルームは無いぞー? ちゃんとカバン持って行けよなー」
「先生、教頭の悪口ばっか言ってるとクビになるぞー?」
「うるせー。駄目なもんには駄目って言える大人になれって先生からの愛のメッセージだよ、バカヤロー」
「遠回しに俺も駄目って言ってねぇ!?」
シレっと教頭の悪口を言う担任に、クラスのムードメーカー的なポジションにいるバスケ部男子がツッコミを入れる。
それに淡々と返答する担任とのコントめいたやり取りに、クラス内で大きな笑いが起きた。
それにしても何か言ってはいけない事が教師間で共有されているようだが、俺たち生徒が知る由は無いのだろう。
大人の世界と言うのは、結構複雑らしい。
「……総一郎、総一郎」
「……んん!?」
一度笑いが起きたことで、ホームルーム中だと言うのに小さな談笑があちこちで生まれる。
その隙をついて、咲蓮が小さな声で俺を呼んできた。
まさかこの状況で下の名前を呼ばれるとは思っていなかったので一瞬だけ反応が遅れたが、何とか声を抑えて視線だけを咲蓮に向けた。
「委員会。頑張ろうね」
「……おぉ」
机の上で小さなガッツポーズをする咲蓮。
気持ち程度に眉と口角がやる気で上がっている。
呆気にとられた俺が頷くと、咲蓮は満足気に視線を前へと戻した。
「…………」
俺も咲蓮も風紀委員会に所属している。
とは言っても普段は咲蓮が部活の助っ人で連日引っ張りだこなので、俺が一人で校内の見回りをこなしていた。
それが今日は授業から食い込むある種の集会のようなものなので、自分も参加できるのが嬉しいようである。
「……反則だろ」
それはそうと、一つだけ言わせてもらうのなら。
不意打ち気味に見せた、小さなガッツポーズをする咲蓮がすごく可愛かったんだ。




