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いつもクールで完璧美人な孤高の狼姫が、実は寂しがり屋で甘えん坊な子犬姫だと俺だけが知っている  作者: ゆめいげつ
第一章 狼姫の日常

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第13話 「狼姫と、三文の徳」

 これからは放課後だけではなく早朝にも咲蓮をだっこする。

 そんな約束から早くも一日が過ぎた。

 俺は朝練がある野球部の集団に混じって登校し、まだ七時半にもなっていない早朝に教室の扉を開く。


「総一郎。おはよう」

「ああ、咲蓮。おはよう」


 するとそこには既に咲蓮が座っていた。

 朝の澄んだ空気に照らされる灰色のウルフカットはとても幻想的で、物語から飛び出したお姫様のように見える。

 彼女は俺が来たのを確認すると机から立ち上がり、軽快な足取りで俺の前にやってきた。


「どうぞ」

「……おお」

「へへ。よろしい」


 わがままでお転婆なお姫様は俺の前で両手を広げる。

 いきなりかとあっけにとられたが、朝から刺激が強すぎるその可愛い仕草に見惚れた事を悟られないように俺は咲蓮を抱きしめた。


 ……朝だからか、少し体温が高いように感じる。


「デザートを最初に食べてる気分」

「それは……良い気分なのか?」

「極上」

「そうか」


 俺の胸に顔を埋めながら、咲蓮はよくわからない例えを言う。

 とりあえず満足はしているようだった。

 どうやら咲蓮は、好きなものは最後に食べるタイプらしい。


「朝の総一郎の匂い。すごく新鮮」

「……朝にだっこした事は無いからな」


 腕に抱きつかれた時はあるが。

 あれは高所恐怖症の克服を兼ねてだから、ノーカンだろう。


「例えるなら、のど越し爽やかな朝露」

「美化しすぎだろ……」

「それでいて、登校時にかいた汗が混ざって芳醇な香りに昇華している」

「……褒めてるんだよな?」

「過去六月で最高の出来」

「今日は六月二日だぞ」


 朝の咲蓮はテンションがいつもより高く、匂いソムリエみたいになっていた。

 早起きは得意と昨日言っていたし、元々朝型なのかもしれない。


「ふぅ。ありがとう、これで放課後まで頑張れる」

「放課後までなんだな?」

「放課後になったら、また総一郎に抱っこしてもらえるからお得」


 表情は変わらず。

 だけど確かな満足感と充実感がある声だった。

 そっと俺から離れた咲蓮はさっきよりも軽快な足取りで教室から廊下へと進んでいく。


 もし彼女に尻尾が生えていたら、ブンブンと振られていた事だろう。


「お礼に飲み物を買ってくる。何が良い?」

「いらんいらん。自分のだけ買ってこい」

「……むぅ。総一郎はもっと欲を持つべき」


 少し不満げに唸りながら、咲蓮は飲み物を買いに教室を出ていった。

 多分今のやり取りだけで、咲蓮の尻尾はシュンと垂れたと思う。


「欲か……。欲しか、無いんだがな」


 一人になった教室で、俺はカバンを机に置いて深々と席に座る。

 緊張は解れても、身体に残るのは咲蓮の匂いと柔らかさだ。


 好きな人とのハグは、朝から刺激的すぎる。

 心臓の鼓動の速さなら、外で校庭を走っている野球部にも負けない気がした。


「むしろ俺の方が、お金を払いたいぐらいだ……」


 でもそれをやったら完全に不健全な関係になってしまうので絶対にやらない。

 俺たちの秘密の関係は、思いやりから成り立っているのだ。


「何はともあれ、早起きして大正解だな……三文の徳という奴だ。三文どころの話ではないが」


 ハグをして、テンションがおかしくなっているのは俺も同じらしい。

 一人きりの、朝の教室。 

 飲み物を買いに行った咲蓮か、別の誰かが入ってくるまでの静けさの中で。


 俺はゆっくり目を閉じて、この幸せを噛みしめていたんだ。

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