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いつもクールで完璧美人な孤高の狼姫が、実は寂しがり屋で甘えん坊な子犬姫だと俺だけが知っている  作者: ゆめいげつ
第一章 狼姫の日常

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第11話 「狼姫と、誘惑」

 ごめん。今日は、近寄らないで。

 ごめん。今日は、近寄らないで。

 ごめん。今日は、近寄らないで。


 俺の頭の中は、咲蓮に言われたキツい言葉に支配されていた。


「大丈夫か柳? つーかお前、狼姫に何かしたのか?」

「いや、別に……何も……」


 一時間目と二時間目の間にある短い休み時間。

 朝の様子を隣で見ていたバスケ部男子が俺の顔色を伺ってきた。

 しかし俺の心は衣替えに合わせたような快晴の空とは正反対なぐらいに暗いブルーである。


 咲蓮とは昨日までもいつも通り接していた。

 教室では必要最低限の会話と接触をしつつ、放課後は二人きりでハグをする。

 帰る時も何もなかったのに、今朝からいきなり近寄らないでと言われてしまった。


 ……俺はいったいどうしたら良いんだろうか?


「つってもなぁ。狼姫が特定の誰かを嫌うってよっぽどだぜ? 孤高だけど、来る者拒まずなのが狼姫だろ?」

「き、嫌う……」

「あ、悪い……つーかやっぱ柳でも堪えるんだな。なんつーか、色恋沙汰とは無縁な朴念仁だと思ってたわ」


 バスケ部男子は酷い言葉に酷い言葉を重ねてきた。

 でも俺にとっては前半の嫌うが痛恨の一撃過ぎて、朴念仁とかはどうでもいいレベルである。


「まあ何にせよ、傷は浅い内に謝っておいた方が良いぞ?」

「あぁ……分かっている」

「それでも解決できないなら、バスケ部はいつでもお前を待ってるからな!」


 励ましてくれたと見せかけて、心の隙間を狙う勧誘だった。

 言いたいことだけを言ってバスケ部は自分の席に戻っていく。

 それと入れ替わりになるように、おそらくトイレに行っていたであろう咲蓮が帰ってきた。


「あ、赤堀! その、だな……!」

「授業、始まるよ」

「……おう」


 どうしよう。

 顔を合わせてすら、くれなかった……。


 ◆


 二時間目と三時間目の間の休み時間になった。


「なあ、赤堀!」

「移動教室だから」


 チャイムが鳴り、俺は先生が教室を出た瞬間に咲蓮へ話しかける。

 その瞬間、咲蓮は俺から逃げるように次の授業の教科書を持って教室を出て行ってしまった。


 ◆


 三時間目と四時間目の間の休み時間。


「あか――」

「戻ろっと」


 俺が名前を呼び終える前に、咲蓮は一目散に理科室を飛び出した。


 ◆


 四時間目が終わり、昼休みに突入する。


「学食ダーッシュ」


 チャイムが鳴った瞬間、咲蓮は教室を飛び出した。

 ちなみに彼女はいつもお弁当を持参している。

 そして昼休みが終わるまで、咲蓮は教室に帰ってこなかった。


 ◆


 五時間目と六時間目の間、最後の休み時間。


「なあ、狼姫!」

「…………」


 もしかしたら苗字で呼ばれるのが嫌なんじゃないかと俺は呼び方を変えてみる。

 咲蓮は何も言わずに、教室を出て行ってしまった。


 ◆


 ホームルーム前の、掃除の時間。


「うおー! サレン様ー!!」

「……!!」


 ちょっと反応したけれど。

 咲蓮は俺から、全力疾走で逃げ出したんだ。


 ◆


 あっという間に放課後になってしまった。

 放課後は俺も風紀委員の仕事があり、咲蓮も助っ人としてどこかの運動部に呼ばれているだろう。


 ここまで俺たちが会話をした回数はほとんどゼロである。

 いつもと比べて公に俺から絡もうとしていると言えなくも無いが、咲蓮からの回答は基本的に無視と逃亡の一点張りだった。


「大丈夫かい柳クン。顔色、悪いみたいだよ?」

「委員長……いえ、大丈夫です。校内の見回り、行ってきます……」


 ついには風紀委員長にも心配されてしまう始末である。

 しかし咲蓮が伸び伸びと助っ人活動を出来るように、俺は自分の心に鞭を打ち風紀委員の拠点である特別教室を後にしたのだった。


 ◆


 そして、風紀委員としての活動も終わった。

 驚くほど身が入らなかったが、急に暑くなったからなのか理由なく校内で残っている人物は誰もいなかった。


 外はもう暗く、部活動に励む生徒たちも下校を始める時間帯だ。

 半刻もしない内に見回りの教師が巡回し、学校は閉め切られるだろう。

 そんな本当の意味で校内に残れるほんの僅かな時間の中で、俺は一人教室へと向かっていた。


 咲蓮に、会う為に。


「…………」


 これが最後の望みである。

 ここで咲蓮がいなかったら、完全に終わりだ。

 俺は謝る機会すら得られず、これからも咲蓮と疎遠になってしまうだろう。

 俺たちの秘密の関係は終わり、孤高の狼姫は本当の意味で孤高の存在になってしまう。


「……よし」


 そんなのは、嫌だ。

 そう思いながら、俺は教室の扉を開けた。


「……総一郎」

「……咲蓮」


 そこには、咲蓮がいた……いてくれた。

 いつもと違って自分の机に座っておらず立っているけれど、約束通り、教室で俺を待ってくれていたんだ。


「咲蓮! すまなかった!」

「……え?」


 嬉しさを押し殺して、俺は深々と頭を下げた。

 何が理由かは分からないが、避けられ続けたのにはきっと理由がある筈だから。


「俺には、近寄らないでって言われた理由がさっぱり分からなかった! 俺に悪い所があったら謝るし、全力で直す! だから、ごめん……!」


 クラスメイト達曰く、俺は古臭い人間なので女心と言うのは分からない。

 だけど咲蓮の、大好きな人の気持ちは分かりたいし、寄り添いたかったんだ。


「……総一郎。顔、上げて」


 咲蓮が、俺の名前を呼ぶ

 言われた通りに顔を上げると、彼女は俺に一歩踏み出していた。


「私は、怒っている」


 でも、やっぱり彼女は俺に怒ってるみたいだった。

 苦しいけれど、教えてくれるだけとても嬉しかった。

 咲蓮が、俺に心を開いてくれていると思ったからだ。


「今日は、近寄らないでって言った」


 ゆっくり、ゆっくりと咲蓮が俺に近寄ってくる。


「すまん。咲蓮に、謝りたくて……」


 それはまるで、俺だけに見せる子犬姫のような可愛らしい一面ではなく。


「総一郎」


 獲物を狙う、狼のような鋭い眼光で。


「これ以上、私を良い匂いで誘惑しないで」

「…………は?」


 咲蓮は、俺の胸に飛び込んで来たんだ。

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