第102話 「狼姫と、日焼け止めクリーム」
目の前に水着姿の咲蓮がうつ伏せで寝転がっている。
綺麗な背中だ。白い肌で、シミ一つない芸術のような肌。
後ろから見る灰色のウルフカットヘアも、いつもとは違う重力に落ちて首とうなじがそこから覗いていた。
少し視線を横から向けてみれば、ビニールのマットの上で灰色のビキニに包まれた胸の膨らみが、押しつぶされて形を変え、少し横にはみ出ている。
無防備な背中。
見てはいけないものを見た気がして慌てて視線を下ろせば、掴めそうなぐらいに引き締まった腰と、胸の代わりに山となっている形の良い尻が……二本線の灰色ビキニに収まっていた。
「……っすぅー!」
思わず息を呑む。
何処を見ても目の毒だった。
背中もそうだが、下半身が眩しすぎる。
ビキニってなんだ、ほとんど下着と言うかパンツじゃないか。
むき出しの太もも、なんなら尻肉も一部見えてしまっている。
……犯罪じゃないのか?
これ、本当に犯罪じゃないのか!?
「視姦中にごめんね」
「朝日ヶ丘先輩!?」
「未来、それを言うなら窃視だよ。視姦は視られている側も自覚して興奮するプレイだからね」
「十七夜月先輩まで何言ってるんですか!?」
咲蓮に夢中になっていたところにぶっこまれた爆弾。
左から朝日ヶ丘先輩が平然ととんでもない事を言い放ち、右から十七夜月先輩がフォローになっていないフォローを入れてきた。
もちろん二人もスタイル抜群だし、種類は違うが際どすぎる水着姿をしている。
何だったら咲蓮よりも距離が近い先輩二人は、ほとんど囁くような距離だった。
「このまま咲蓮ちゃんの背中を見て興奮する初々しい総一郎くんを見るのも楽しいんだけど、さっきも言ったけど日焼けは乙女の天敵なの! だから早く塗ってあげないと、めっ! だよっ!」
「す、すみません……」
人差し指を立てた朝日ヶ丘先輩が俺に注意する。
その姿はとても先輩らしく、ついさっきまでの言動が無ければもっと素直に聞けたのにと、少しだけ思ってしまった。
「という訳だから、ほら、片っぽ、手、出して? あ、手の甲の方ね?」
「甲、ですか?」
朝日ヶ丘先輩の指示で俺は左手の甲を差し出す。
すると朝日ヶ丘先輩はプラスチックの容器から日焼け止めクリームを押し出して、俺の手の甲にこれでもかと言う量を落とした。例えるなら、寝ぼけてシャンプーやボディソープの押す部分を連打してしまったかのような量である。
それにより白いクリームの山が、俺の手の甲の上にこんもりと盛られていた。
「……多すぎませんか?」
「背中全部に塗るんだから、これでも少ないぐらいだよ? 足りなくなったらまた乗せてあげるからすぐに言ってね」
「はい……でも、何で手の甲に?」
「日焼け止めクリームはね、シャンプーや洗顔みたいに手のひらで泡立てずに直接お肌に乗せて、そこから広げていくの。手のひらに乗せちゃったらさ、間違えて握っちゃうかもだから、手の甲に乗せたんだよ」
「へぇ……そうなんですね」
知らなかった。
流石は朝日ヶ丘先輩。
本当に普段の言動はアレだけど、伊達に絶世のハーフ美少女であり学園のアイドルをしていなかった。
俺の中で朝日ヶ丘先輩の株がどんどん上がっていく。
「まあ本当は私も総一郎くんに両手をお皿にしてもらって、私がクリームをそこに出して……えっちだねって言いたかったんだけどね」
「…………十七夜月先輩、この後はどうすれば良いんですか?」
「無視しないでよー! もぉー!?」
この人は、すぐそう言った方向に話を持っていかなければいけない呪いにでもかかっているのだろうか?
非常に反応に困るので、俺は右にいる十七夜月先輩に助けを求める。
すると十七夜月先輩は口元を押さえて、笑いをこらえまくっていた。
「十七夜月先輩?」
「ふふふ……いや、すまない。未来と柳クンがとても楽しそうでね」
「……まあ、新しい学びではありましたけど」
「新たな知識、良いじゃないか。ならここからは実践だよ。夏の一時がいくら楽しくても、咲蓮クンを待たせ過ぎるのは良くないだろう?」
その言葉にハッとする。
見れば咲蓮がうつ伏せのまま振り返り、ジッと俺達を見上げていた。
「す、すまん咲蓮! ずっと後ろで騒いでたな!?」
「ううん。総一郎、楽しそうだったよ?」
「悪い……今、塗るからな……」
「うん。好きなだけ、塗ってね?」
「――おう」
寝転ぶ咲蓮が振り向き、上目遣いに、微笑む。
その言葉、その体勢、その仕草……このシチュエーションに。
俺はかなり、グッときてしまった。




