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いつもクールで完璧美人な孤高の狼姫が、実は寂しがり屋で甘えん坊な子犬姫だと俺だけが知っている  作者: ゆめいげつ
第一章 狼姫の日常

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第10話 「狼姫と、衣替え」

 咲蓮と隣の席になってから早くも三週間が過ぎた。

 五月のゴールデンウィークが既に遠い昔のように感じる六月の初日は学校全体で衣替えが行われる。

 見慣れた冬服から久しぶりの夏服へ。

 ブレザーは無くなり、半袖のワイシャツへと変わっていた。


「おっす柳! 今日から衣替えだからってよぉ、天気まで暑くなる事ねぇのにな」

「そうだな。ていうかそこ、俺の席なんだが」

「ハッ! 殿の為に温めておきました!」

「誰が殿だ誰が。ていうか暑いって話をしたばかりなのに温めるな」


 教室に入ると、窓際一番後ろにある俺の席に座っていたいつものバスケ部男子が話しかけてくる。

 先月に突然バスケ部の練習に付き合わされたあの日から、やたら絡んできている一人だった。


「本当に暑いわ!」

「汗で透けるしねー」

「や、柳さんは見ちゃ駄目ですよ!?」

「見ないから安心してくれ……」


 そしてそれとは別に三人、良く絡むようになった人物がいる。

 それは咲蓮ファンクラブ代表の仲良し三人娘だった。

 いつも先頭にいる勝ち気そうな女子と、真ん中にいる背の高いボーイッシュな女子、そして一番絡んでくるこの中では一番女の子らしい女子の三人組も、俺の隣の席が咲蓮だからか、よくここに集まっていた。


「それにしても本当に暑いよなぁ……。柳、制汗スプレー貸してくれねぇ? 俺の、昨日部活で終わっちゃってさ」

「無いな。そもそも買ったことすらないな」

「マジで!? じゃあお前今までどうしてたんだよ!?」

「どうって……タオルを濡らせばそれで冷えるだろ?」

「そうだけど何か違くね!?」


 スクールバッグから汗を拭う用のハンドタオルを取り出したが、残念ながら同意は得られなかった。


「そもそもバイトをしていないから、そう言った嗜好品にはあまり金を使えないんだがな」

「嗜好品って、汗かくんだしこれからの必需品だろ……。柳って結構考え方、古臭いよな……」

「そうか?」


 まあ家が古いのは認めるが、それは今ここで話す事でも無いだろう。


「確かに。柳って良い意味で古風よね」

「うんうん。古き良き大和男児って感じがする」

「ふ、古臭くてもとっても頼もしいと思いますよ!」

「おぉ……ありがとな」


 そこに満場一致で咲蓮ファンクラブの三人も頷いてくる。

 どうやら俺は、他の人から見たら古臭い人間らしい。


「賑やかだね。今日も」


 そんな俺たちの背後から声がする。


「ん? おお、赤堀……かっ!?」


 その誰よりも透き通った初夏の暑さを吹き飛ばすような落ち着いた声に振り返ると、俺は言葉を失ってしまった。


 ――夏服の咲蓮が、あまりにも綺麗だったからだ。


「キャー!? サレン様! 夏服でもカッコいいー!」

「足、凄く長くて綺麗……!」

「スタイルも良くて、本当に羨ましいです!」


 俺が見惚れてしまった理由を、ファンクラブ三人娘が言ってくれた。

 それぐらい、夏服になった咲蓮の破壊力は凄まじいのである。


 半袖の白ワイシャツから覗く色白の肌、薄着になったことで身体のラインがハッキリ出て誤魔化しが効かないのに、とても綺麗な曲線美を描いている。

 いつもより短くなったチェックのスカートから覗く脚もとても綺麗で、その全てが芸術作品のようだった。


「ありがとう。みんなも、似合ってる」

「いえいえ!」

「いえいえいえいえ!」

「いえいえいえいえいえいえ!」


 咲蓮は表情こそ変わらないが、声音が少し柔らかくなっている事から褒められて嬉しいみたいである。

 それに仲良し三人娘は全力で首を横に振っていた。


「確かに抜きんでて似合ってるよなぁ……。柳もそう思うだろ?」

「ま、まあな……。凄く、良く似合ってると思うぞ?」


 そんな中でバスケ部男子が俺に話を振ってくる。

 皆がいる前で長話をするのはどうかと思ったが、本当に似合っているしこれぐらいは会話の流れで話しても良いだろうと俺も頷いた。


「……柳くん」

「ん?」


 すると少し間を置いてから、咲蓮は俺の名前を呼ぶ。

 その空いた間の一瞬、少しだけ切れ長の瞳が見開かれたような気がした。


「ごめん。今日は、近寄らないで」

「…………」


 でもそれは。

 咲蓮の強烈な一言によって、全て吹き飛んでしまったんだ。

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