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第1話 「狼姫と、秘密」

 俺、柳 総一郎(やなぎ そういちろう)の通う高校には、姫と呼ばれている人物がいる。


「うんしょ……よいしょぉ……きゃっ!?」


 それは、背が低く力が無いながらにクラス全員分のノートを運び階段で足を踏み外してしまうような、守ってあげたくなる女子生徒……ではなくて――。


「大丈夫? 階段、危ないよ」

「あっ……さ、サレン様……!?」


 ――そんな女子生徒を守るような、クールでカッコいい女子生徒だった。


 彼女の名前は、赤堀 咲蓮(あかほり されん)

 モデルのように長い脚にスラっとした身体、切れ長の瞳に整った顔立ちを持ち、地毛だという綺麗で幻想的な灰色の髪はウルフカットに整えられていて、それが彼女のクールな雰囲気をこれでもかと跳ね上げていた。


「貸して。私が持つから」

「あっ! そんな、私が持ちますよぉ……!」


 見た目じゃなくて性格も良い。

 誰にでも優しく、困っている人を見捨てないその姿勢は尊敬に値する人物だ。

 しかし特定のグループには属さずいつも一人でいる事から、『孤高の狼姫(おおかみひめ)』や『サレン様』と呼ばれ、全校生徒から羨望や憧れを一身に集めている完璧美人な女子生徒である。


「すげぇ……。今日も狼姫はカッコいいなぁ……」

「二年生になってまだ一カ月なのに、大人の魅力が溢れているわ……」

「噂だと生徒会長に直々にスカウトされているらしいぞ!」

「サレン様なら納得だわ! 今日もあんな颯爽と人助けをしたのに、それをひけらかす事なく冷静で本当に憧れちゃうもの!」


 そんな彼女は、いつでも生徒達から注目の的である。

 誰しもが憧れる完璧超人なクール美少女は神格化され、学校一の人気者だった。


  ◆


 そして。

 そんな彼女と俺の間には、ある秘密がある。


「総一郎。やっと来た」

「悪い。先生に職員室の資料運びを頼まれてな」


 放課後。

 誰もいなくなった教室の窓に背中を預け、差し込む夕日をバックにスマホを見ていた彼女は、俺が来た事に気づくとゆっくりと近づいてくる。


「総一郎。身体、大きいから」

「まあ、それで頼ってもらえるなら悪い気はしないがな。咲蓮もそうだろう?」

「そうだけど。そんな事より」


 切れ長で色素の薄い瞳が俺を見上げる。

 クールで無表情ながらにその顔は、オレンジ色の夕日に照らされてか少しだけ赤く染まっているように見えた。


「今日のだっこ、まだだよ?」

「……ああ、悪かったよ」


 子供のように両手を広げて、俺にだっこ……もといハグを求めてくる。

 そんな彼女の魅力に耐えきれず、俺は彼女を抱きしめた。


「ん……。待ってました」


 俺の胸の中で彼女は満足そうに息を漏らす。

 女子特有の甘い匂いが彼女の灰色の髪から漂ってきた。

 細身ながらにしっかり女の子の身体だと分かる柔らかさは、この関係が始まって半年以上過ぎた今でも慣れそうにない。


「総一郎の匂い。落ち着く」

「そ、そうか……」


 スンスンと、俺の胸元に顔を埋めて匂いを嗅いでくる。

 その仕草は狼と言うよりは、子犬のようだった。


「元気出た。ありがとう、これで明日も頑張れる」

「……どういたしまして」


 しばらく俺の匂いを堪能した彼女は、満足そうに抱きつくのを止める。

 そうして小さく口角を上げて微笑む姿が可愛くて、俺の心臓を高鳴らせた。


「総一郎。また明日ね」

「ああ……。気をつけて帰れよ?」

「うん。総一郎も」


 スッキリしたように彼女は微笑みを解いて、いつものクールな顔つきに戻る。

 そのまま手を小さく振って、スクールバッグを肩にかけながら教室を出ていった。

 

 これが、彼女と俺の秘密だ。

 理想の狼姫として片意地を張り続ける彼女が、実は寂しがり屋で甘えん坊な事を他の生徒に隠す為に、その秘密を知っている俺だけが出来る唯一の方法。


 ――頑張った彼女にご褒美をあげる。


「可愛すぎだろうがっ!!」


 そんな秘密を共有している俺は、一人叫ぶ。


 彼女は皆の模範となる為に常に行動しているんだ。

 友達を作りたくても口下手だから上手く会話が続けられない。

 でも他の皆が慕ってくれるからやるしかなく、素の自分を出して幻滅されるのが怖いからずっと仮面を被って頑張り続けている。


 そんな狼姫の事が、赤堀咲蓮の事が。

 

 ――俺はたまらなく、大好きだった。

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